花の帰する場所 1「相逢」

山中の草庵。
駆け出しの薬師をしている青年、楊水緑(ヤン シュイリュ)は薬学を学ぶ為、名医と名高い劉皓(リウ ハオ)の元を訪ねていた。

「劉皓先生、どうか考え直していただけませんか。どうしても貴方の元で学びたいのです」

「ワシは弟子はとらんと言うとるじゃろ」

皓は弟子は取らないの一点張。こうして通うのも今日で三度目である。
諸葛孔明を迎える為に劉備は三度孔明の草庵を訪ねようやく良い返事を貰えたそうだが、皓はなかなか強情で見込は無さそうだ。

「私は立派な薬師になりたいのです。そして困っている人々を助けたい」

「お主もう薬師として仕事をしておるのだろう?見た感じ誠実そうじゃしその様子だと真面目にやっておるようではないか。何が足りんと思うのだ?」

「それは」


「おじいちゃーん!」

突然の声に水緑は驚いて辺りを見回した。随分若い…子供の声か。
息を切らしながら小走りで現れたのは可愛らしい少女であった。

「おお、桃花か。よく来たね」

先程まで強面だった皓は別人のように笑みを浮かべている。

「おじいちゃんこんにちは!…こちらの方は?」

微笑みこちらを見る少女にドキリとし動揺する水緑。さっきまでの彼は何処に行ったのか。

「弟子になりたいと言ってなぁ…もう三度も通ってきている青年じゃよ」

「あ あの、楊水緑と申します!一月前にこの街に越してきて街外れで薬屋を営んでいます」

「初めまして水緑様、胡桃花(フー タオファ)です。新しく出来た薬屋さん知ってますよ」


一目惚れだった。
今までこんなに可憐で美しい少女には出会った事がない。美しい髪に透き通った瞳。名の通り桃の花が咲き乱れたような可憐な笑顔に惹き込まれていく。
見惚れていると皓が咳払いをする。

「さて、桃花。薬は用意してある。持って行きなさい」

「はい、ありがとうございます!…あの、折角お客様いらしてるしお茶淹れますね。支度してきます」

桃花が草庵に入るのを見届けると皓は水緑を揶揄う。

「お主、顔が真っ赤じゃぞ」

「うっ…その 可愛らしい方だなと」

「折角だから茶を飲んで行け」

「…ありがとうございます」


桃花はお茶の支度をしながら胸の高鳴りを鎮めようとしていた。桃花もまた水緑に惹かれたのだった。

「どうぞ」

お茶会が始まったが桃花は照れてしまい俯いている。その姿がまた可愛らしく、水緑を虜にするのだった。
そんな中、皓が口を開く。

「桃花、この青年どう思う?」

「えっ…!あ…あの、とても誠実そうだからお弟子さんにしたら先生も助かるんじゃないかなって思います…」

「そうか。桃花が言うなら弟子にしてやるか」

「本当ですか?!精一杯努力し学びます。何卒よろしくお願い致します!」

「おじいちゃん最初から弟子にする気だったんでしょう?前から弟子が欲しいって…」

「ゴホン!!…水緑、ワシの修行は厳しいぞ。覚悟して明日から参るように」

「はい!!」


茶会が終わり片付けを済ますと桃花は薬を受け取り帰る。 水緑は話がしたくて街まで送ると申し出たがあっさりと断られてしまった。

「大丈夫です!慣れた道ですし一人で帰れます!ごきげんよう!!」

「行ってしまわれた…」

軽く落ち込む水緑に皓は釘を刺す。

「お主…桃花に惚れたじゃろ。だがな、生半可な気持ちであの子に手を出してはいかん。もし悲しませるような事をしたらワシは許さんぞ」

「私は学ぶ為にここに来ました。一人前の薬師になる事に集中します!」



その夜。帰路に就く水緑は先程の皓の言葉が気になっていた。生半可な気持ちでとはどう言う事なのだろうと。 着ている服も立派であったし、言葉使いからも品が感じられた。身分の高い家の者だろうとは察したがそれ故なのか。

「先生、一瞬怖い顔をしたんだよな…彼女には事情があるのかもしれない」

もしかしたらもう婚約者でもいるのかもしれない。あんなに美しい子放って置く訳がないな…と。だとしたらそれはそれで 悔しい。

「…俺は何をしに先生の元へ三度も通ったのだ!こんな事を考えている場合ではない」


自宅へ着くと店番をしていた家の者が声をかけてくる。

「水緑様おかえりなさい!如何でした?」

「ご苦労様。やっと良い返事を貰えたよ。明日から仕事を抜けて通う事にしたから俺が居ない間宜しく頼むよ」

「それは良かったです!でも俺は今の水緑様でも充分、立派だと思いますよ」

付人の一人、王燗流(ワン ランリウ)はお調子者だが頭の回転は早く、学問は良く出来る。 愛想の良い奴でこの家のムードメーカーだ。水緑の一つ下で兄弟のように仲が良い。

「お帰りなさいませ水緑様。その様子だと認めてもらえたようですね」

奥から顔を出したのは壮年の男性。

「あなたが居てくれなければこうやって生活する事すらままならなかったと思うよ。いつも有難う、泰然」

水緑が幼い頃から付人として見守ってきた林泰然(リン タイラン)。時には薬師の先輩として、時には父親代わりとして面倒を見てきた。 水緑が兄と決別し家を出る時にも真っ先に付いていくと名乗り出たのも彼だった。学問所を卒業出来たのもこうして薬屋を営んでいられるのも泰然のおかげだ。

「喧嘩されてお屋敷を出ると言い出した時はどうなる事やらと心配しておりましたが…立派になられて…いけませんなぁ歳を取ると涙脆くなって」

「林さんってばまた泣いてる!あ、水緑様おかえりなさい!夕飯にしましょうよ、支度出来ましたので」

そう言って奥から出てきた彼女は宋梅香(ソン メイシャン)。水緑と燗流と3兄弟のように仲良く過ごしてきたもう一人の付人だ



「胡桃花…もしや、この街一番の富豪の娘さんでは?確かあのお屋敷は胡家だと聞いております。可能性としては高いかと」

「うん…身なりも言葉使いも上品だったしなぁ。ではやはり相応の相手も居るのかもしれない」

この街には胡家と言う富豪が住んでいる。水緑らは他の街から越してきたのでまだ分からない事が多いが商売をやっていると色々と情報が入ってくるもので。

「それが…とても可愛くて評判だけど、ここ数年街で見かけた事が無いとの話しを聞きましたよ」

「何故だ?」

「家に篭ってるんですって。もし草庵で会ったのが本当に娘さんだとすると水緑様との話に食い違いが出てきてしまいますね」

あんなに元気いっぱいで引きこもる程の病気とは思えないし、外に出れない事情があるのか。 皓の言った生半可な気持ちでの言葉も引っかかる。


その頃。
桃花は部屋で水緑の事を思い出していた。

「なんて素敵な方なんだろう…もっとお話し出来たら良かった。でも…」

本当は一緒に帰りたかった桃花。だが他人と一緒に長く居ることは禁止されている。自分自身も不安で仕方なかった。いつ気付かれてしまうのかと。 皓の様子を見るに水緑は安全な人と判断したがそれとこれとは別だ。
もし自分の秘密がばれてしまったら嫌われてしまう。

「どうしよう…こんな気持ちになったの初めて。こういうのってもっと素敵なものだと思ってた。なのに…」


「父様が…憎い… ごめんなさい」


2へ続く


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最終更新日 2020年2月18日
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