花の帰する場所 2「互愛」

水緑(シュイリュ)が劉皓(リウハオ)の弟子となり早くも一ヶ月が経とうとしていた。修行や学問は真面目に行っているがどこか満たされなく感じるのは桃花があの時以来姿を見せないから…

「水緑、すまんが茶を淹れてくれんか。休もう」

「はい」


堪らず皓に尋ねる。

「彼女は…桃花は来ないのですか」

皓に軽く睨まれたが、水緑も引かない。

「学問に集中すると言ったではないか」

「真面目に励んでいる事、師傅は分かっている筈です」

暫く無言の睨み合いが続いたが皓が口を開く。

「…もうすぐ薬を貰いにやってくるじゃろ。あの子の分の茶も用意しなさい」

「えっ!?分かりました」

不思議に思いつつ支度を始めると本当に桃花はやってきた。

「おじいちゃん、こんにちは」

「よく来たね桃花。水緑がお茶の用意をしているからここにかけていなさい」

「あ…でも私」

逸る気持ちを抑えつつ支度をしながら二人の話を聞いていると桃花が悲しげに言う。

「あの方と会う資格なんて無いんです。会ってはいけないんだと思います」

「水緑は会いたがっておるぞ。お主もそうなんじゃろ」

「はい、でもきっと嫌われます。初めて好きになった人だから嫌われたくないんです」

それを聞いて堪らず水緑は二人の前に飛び出してしまった。驚いた桃花は立ち上がって帰ろうとするが皓が止める。

「嫌いになんてなるものか!会いたかったよ桃花」

「水緑様!」

「今の言葉、本当に嬉しいよ。でもどうして避けるんだ?」

「それは…」


「やれやれ…桃花、話しなさい。水緑の事が好きなら尚更な」

妙に引っかかる物言いだ。何を隠しているんだろうか。




皓の気遣いで草庵に二人きりになる。
桃花は俯いたまま話そうとはしてくれない。

「どうして私を避けようとするのか教えてくれないか。そんなに言いにくい事?」

「…」

「初めて会った時から君の事で頭がいっぱいで…どうしても話がしたかった。もっと君の事を知りたい」

「見れば気付くと思います」

そう言って桃花は長いグローブを取り、腕を見せた。白くて美しい腕だ。思わず手に取り眺める。初めは意味が分からなかったがやっと違和感に気付く。

「…これは」

顔や体型をよく観察する。服装や華奢である事も手伝って分かりにくくはあるが。

「こんな事って…」

間違いない。桃花は…男性だ。


「私も初めてお会いした時から水緑様の事がずっと気になっていました。でも父様に他人との接触は避けるように命じられていて。何よりこんな事を知られたら嫌われると思って黙っていました」

「理由があるんだろう?聞かせて欲しい」

「私は生まれた時から女性として育てられました。外は危ないからと同い年の子と会う機会もなく、疑う事を知りませんでした。今思えば意図的に会わせないようにしていたんだと思います」

「じゃあ今の君があるのはご両親によるものなんだね…」

「12歳になり、おじいちゃんから教えてもらうまで私は自分の事を女性だと思っていました。両親は女の子が欲しかったそうなんです。 でも母様は私を生んだ時の後遺症でもう子供は産めない体になってしまい…仕方なかったと。でも私はそこから自分が何者なのか分からなくなってしまいました。心と体が一致しないんです」

桃花は耐えられず泣き出した。
15歳になった今、体は発達し男性の体だと分かるようになってきた。幼い頃から女性だと言い聞かせられ女性と同じように生きてきた桃花にとって体が父親のように逞しくなっていくのが気持ち悪くて仕方ない。 真実を知ってから女性として育てようと決めた父親への憎悪が募るばかり。そんな自分にも嫌気がさす。

「私の初恋も何も出来ぬまま終わってしまいました。いずれ分かってしまう事だから、ひっそり想っているだけで良かったのに…おじいちゃんは自分と向き合うようにしないと駄目だと」

こんな歳でこんな重い悩みを抱えていたなんて。桃花の事を思うと胸が張り裂けそうになる。解決方法のない一生付き合っていかねばならない問題。 確かに驚いたが、それでも桃花の事を想う気持ちには変わりはない。何とか心の支えになってあげられないか。

「君の初恋が終わったなんてどうして決めつけるんだ」

緑水はそっと桃花の手を握りしめた。優しく、でもしっかりと。

「私は君が好きだ。真実を知ったところで君への想いは変わっていない。話してくれてありがとう。辛かったね。でもこれからは私がその悩みを共有して和らげる事が出来ないだろうか」

「水緑様…私…」

桃花はやっと笑顔を見せた。
こんな事自体が初めてで、自分には一生縁のない事だと思っていただけに嬉しさで涙が止まらない。

「もし私を受け入れてくれるのならまた会いに来てくれないか。ここで師傅と待っているよ」



桃花が泣き止み落ち着いた頃、皓が戻ってきた。

「水緑。桃花の事を受け入れる覚悟、お主にあるかね」

水緑は堂々と答える。

「はい、私は桃花が好きです。性別など関係ありません。そして、これは決して同情ではないとここに誓います。後は桃花が私をどこまで信じてくれるかです」

「その言葉に偽りはないようじゃの。よう言った水緑」

初めて皓が笑顔を見せた。

「すまんのぉ、わしは桃花を自分の孫娘のように可愛がっておる。これ以上心に傷を負って欲しくなくての。お主だったら大丈夫じゃろ。桃花、どうなんじゃ」

今まで桃花の事になると厳しかったのはこの為か。いたずらに弄ばれないよう見守っていたのだと知ると、あの態度も納得できる。 水緑は嫌われているのではないと知り別の意味でも安心した。

「こんな事初めて言われたのでまだ…気持ちの整理がつかなくて。でも嬉しいです」

皓が奥から薬袋を持ってくると桃花に渡した。あまり遅くなると外出の許可がおりなくなるそうだ。


「水緑様、私、外出が許されるのはおじいちゃんのところに薬をもらいに来る時だけなんです。もちろんおじいちゃんの草庵以外に寄り道してもいけません。でも一ヶ月後、必ず会いに来ます」

「待ってるよ桃花」

「おじいちゃん、ありがとう」

「うむ、またおいで。そうそう、今日から処方を変えたのでな、次の薬は半月後に取りに来なさい」

微笑む皓に意図を理解した桃花は満面の笑みで草庵を後にした。


桃花を見送ると皓はぽつりと語りだす。

「可哀想な子じゃよ。でも捻くれることなく生きておる」

「どうして男性であることを告げたのですか?あの様子だと桃花が大人になってもご両親は世間から隔離し女性として扱うでしょう」

「それで桃花は幸せだと思うか?いくら言い聞かせたところで体つきは父親と同じになる。 早い段階で真実を知っていた方が対処もしやすくなると言うもの。伝えた責任があるでの、わしがその事も面倒見ておったんじゃ」

「そうでしたか…。師傅、申し訳ありませんでした」

水緑は皓に謝罪した。修行中の身でありながら桃花への想いを封印できずにいた事を。

「学問に集中すると自分から宣言したのに情けないです」

「反省しておるなら、これからも桃花を気遣ってやれ」

「はい!!」


3へ続く


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最終更新日 2023年8月10日
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