花の帰する場所 4「酷薄」

急いで街へ戻ると真っ直ぐ屋敷へ向かった。皓から場所は聞いた。やはりあの富豪の家だ。

「もし!私は町外れで薬師をしている水緑と申す者、ここの主人に急ぎ御目通りを!」

「見かけぬ顔だな、用件を聞こう」

「こちらのお嬢さんが大怪我を負ったのです!劉皓の使いで、この事を伝えるようにと」

「何だと?暫し待て」

門番が屋敷内へ入っていくのを見届けて水緑はその場に腰掛けた。なんとか呼吸を整えていると門番が中に入るよう手招きする。 立派な服装をした男性が迎えてくれた。

「私がここの主人だが…娘が怪我を負ったと言うのは本当か?」

「初めまして、楊水緑と申します。劉皓の使いで今草庵から駆けてきました。この血痕、お嬢さんのものです…」

白衣や手についた生々しい血に主人は眉を潜めた。

「劉皓先生のところに君のような方はいらっしゃったかな」

「一月前に弟子となり薬学を学んでいます。突然このような状態で来て物騒な事を言うのですから信じ難いとは思いますが、現在は緊急処置を終えたばかりです。西洋医学の医院に連れて行くべきかと…」

胡家の主人は表情も変えずに言う。

「それが本当の話だとして、病院には連れて行けない。処置はしてくれたんだろう?それには本当に感謝する。だが、君も事情を分かっているのならば病院へなどと言わないで欲しい」

なんて事だ。
自分の子供が大怪我で苦しんでいるのに、露見してしまう恐ろしさが勝つというのか。

「貴方のような富豪であれば極秘で連れて行く事も可能でしょう?!家の事に口を出す気はありませんが本当に酷い怪我なんです!考え直して下さい!!」

「…劉皓先生は腕の立つ方だ。処置に間違いはない筈だから問題ないだろう。治療費や薬代は後で使いの者をやるからそいつに伝えてくれ。君もわざわざありがとう」

そう言い背を向けるとそのまま奥へと消えてしまった。
水緑はその場にへたり込んでしまった。
心配すらしていないのか?桃花の事を愛していないのか?

「怪我の程度すら確認しないなんて…」


なんとか立ち上がりフラフラと来た道を戻る。血だらけの白衣が目立ちすれ違う人から悲鳴が上がる。

「水緑様!」

駆け付けたのは偶然買い物に出ていた泰然だった。その場から連れ去り路地裏に来ると水緑を激しく揺さぶる。

「水緑様!気を確かに!!水緑様!!」

「…泰然」

「どうなされたのですか!?この血は?!」

「私は今悲しくて悔しくて堪らない…!」

質問に答えず歩き出した水緑を何度止めても無駄だと思い、泰然は付いて行く事にした。 劉皓の草案がある山に向かっているのか。


草庵に到着した水緑はその場に再び崩れ落ちた。皓が気付いてこちらに来る。

「水緑…その様子じゃと相手にされんかったか」

「はい…恐らく信じてはくれました。ですがあんなのあんまりです!桃花が不憫で…私は悔しい…」

側にいる泰然に皓が声をかける。

「お主、水緑の家の者か?」

「突然すみません。わたくしは林泰然と申す者。後見人として側におります。街中でこんな状態の水緑様を見つけ、放って置けなくて一緒に」

「そうか、わしが劉皓じゃ。お主、街の富豪の娘の事は水緑から聞いておるか」

「水緑様がその娘さんを好いているのは話している様子から察しておりましたがそれ以外の事は」

皓は品定めをするかの如く泰然を見ていたが、何かを感じ取ったらしい。

「よかろう。お主にもいずれ分かってしまう事じゃ。こちらへ来てもらえんか」



「っ…これは、まさか!?」

「そのまさかじゃ。もう手当は済んだがここは病院ではないからのう…家に連絡して相応の施設へ手配してもらうよう水緑を行かせたのじゃが」

「相手にされなかったという事ですか…。怪我の箇所を見るに暴漢にでも襲われましたか?」

「半分正解じゃが半分違う。この子は男の子じゃよ。何者かに襲われて性器を滅茶苦茶に刻まれた。止むを得ず丸ごと切り取った」

「なんと…!!では胡家の娘さんと言うのは」

「訳あって女の子として育てられての。この事は胡家とわししか知らんかった筈なんじゃがな…誰が襲わせたのやら。ここだけを刺して他の箇所は綺麗なままじゃ」

「うーむ…情報が錯綜しておりますが、大筋は理解しました。この子は勿論の事、水緑様もさぞや…」

泰然は外へ出ると水緑の元へ行き、座して水緑を優しく抱きしめた。思えばこんな酷い状況に陥るのは水緑の両親が亡くなった時以来か。 あの時もこうやって抱きしめて慰めた事を思い出す。この方は普段しっかりしている分無理をしている。

「泰然 私は…」

「水緑様、今はこのまま」



その後水緑は皓に喝を入れられ付きっきりで看病を始めた。まだ目覚めないが痛みと熱でうなされている。水緑は優しく声をかけ続け、冷たい水で布を濡らし絞ると顔や体を拭いてやった。


疲れ果てベッドの側で気を失っていると唸り声がする。

「っ!?桃花?」

飛び起きると桃花は苦痛に顔を歪ませていた。

「桃花、しっかり!私が側にいるよ」

手を固く握りしめ空いた手で桃花の頬を優しく撫でた。
痛みで目が覚めてしまったんだろう。

「師傅!桃花が!」

「どうした?!」

「目が覚めたようですが痛みで…」

「桃花、落ち着きなさい。力むと傷口が開いてしまう。今薬を用意するからな」

薄ぼんやりとした視界で自身の体を確認する。鈍い痛みが続くその箇所は最初に刺されたところと変わっている気がした。

「や… いや なんで どうして…」

どうして自分が急にこんな事にならなくてはいけないのか。側で水緑が手を握ってくれている。

「… 手を離して 出て行って 」

「桃花…!」

「お願い こんな姿見ないで…」

泣き出してしまった桃花にどうする事も出来ず、水緑は部屋を出た。

「水緑、桃花は混乱しておるんじゃ。少し外の風に当たって来なさい」

「…」

桃花に拒絶された。
無理もない。不安定な精神状態の上、突然襲われて性器を切断する手術をして…それをまだ知り合ったばかりの他人に見られてしまったとなると、治療の為とは言え耐えられないだろう。
腕を見せる事すら嫌がっていたのに。

「気遣いが足りなかったかな…ごめんよ桃花」



「うぅ…水緑様 ごめんなさい…」

桃花は泣いていた。
治療の為に尽くしてくれた事は頭では分かっている。だが…薄い掛け布団一枚の下は裸で、怪我をした箇所は包帯でぐるぐる巻きになっており、まるでおむつを当てているようだ。

「お前の事寝ずに様子を見ておったのじゃぞ。気持ちは分かるがな。だが、あやつに邪な気持ちは一切ない事を忘れてはならんぞ」

「はい…ごめんなさい」

「謝らんでもよい。桃花は悪くないんじゃ。さ、薬を飲みなさい」


薬を飲ませて寝かせると皓が水緑の元へやってきた。

「今宵は帰った方が良さそうじゃな。お主は流石に襲われんじゃろ」

「ですが桃花が心配で。…でもあの様子じゃ側に居る事は無理そうですね」

「明日、来る時に桃花に着せる服を買ってきてやってくれ。裸のままでは可哀想じゃ」

「…分かりました、桃花をよろしくお願いします」


5へ続く


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最終更新日 2020年6月9日
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