花の帰する場所 5「疲倦」

疲労困憊で自宅へ辿り着く。泰然が慌てて駆け寄ってきた。

「水緑様!」

「水をくれないか」

椅子に腰掛けようやく一息ついた。様々な事が一気に起こり過ぎた。どれも受け入れ難い、何一つ良い事はない。これからどうしたら良いのか。

「相当お疲れでしょう、体を洗って床に入っては。服は出しておきましたので」

「…すまない」

「水緑様、こんな時こそ私達の出番です。自宅に居る間は私達に任せて寛いで下さい。謝罪もしないで下さい」

「…分かった、ありがとう」


着替えると食事が用意されていた。
いつもの光景が目に入り漸く安堵が訪れる。だが一口食べると箸を置いてしまった。
神妙な面持ちの燗流と梅香もいる。

「…実は、半月前に桃花が私と付き合ってくれると良い返事を貰えたばかりなんだ。それなのに…どうしてこんな事に」

「心中お察しします。無事に処置が終わったのであれば後は回復を祈るのみ、私も出来る限りお手伝い致します」

「林さんから話は聞きました。店は俺達に任せてください」

「その子の事一番に考えてあげてください。傷、化膿しなければいいんですけど…」

「二人共、いつもありがとう。お言葉に甘えてそうさせてもらうよ」



床に着くが寝付けない。
愛する者が突然受けた悲劇、犯人への憎悪、そして父親の薄情さに 何も出来なかった自分…

「桃花は…会ってくれるだろうか」

まだ三度しか会えていない。
もっと話がしたい。
心を通わせたい。

想えば想う程胸が締め付けられる。


疲れが溜まっていたのか目覚めた時は昼近くになっていた。
慌てて飛び起きると支度を始める。

が、くらっと歪んだ視界。その場に転んだ音で燗流が駆けつけた。

「水緑様どうしました?!」

「いや…軽い目眩がしただけだ 大丈夫」



皓の草案に現れたのは泰然だった。

「おや、水緑はどうしたかな」

「実は疲労から倒れてしまいまして…わたくしが代わりに」

そう言って女性物の服を差し出した。

「意地でも行くと申していたのですが、ここは保護者として止めねばと。わたくしにとって彼は息子のような存在でありますから」

「結構。無理は良くない。あやつも寝ずに付き添っておったからのう」

「あの子の具合はいかがですか?」

「熱も少しは引いてきたようじゃ。そろそろ無理にでも歩かせねばなるまい」

「そうですか。ではわたくしは御暇した方が良さそうですね。よろしくお伝え下さい」

そう言って泰然は帰っていった。


「桃花、水緑の家の者が持ってきてくれた。ありがたく着なさい。少し食事をとったら歩くぞ。皮膚が変に固まってしまわんようにな」

「…水緑様はいらっしゃらなかったのですね」

「おや、拒絶したのはお主ではなかったか?」

「そう ですね」

余計な心配を増やさぬように水緑が倒れた事は伏せておいた。


傷の痛みで思うように歩けず、顔を歪ませる桃花。しかし決して諦めず励んだ。 新たな尿道も機能した事を確認し、ようやく一息ついた。

「西洋医学の施設へ行かせるよう水緑が向かったんじゃよ、父親の元ヘな。もう少し丁寧に傷口を処置してくれたと思うのだが…」

「もう期待はしてないから。子供の頃からそうだった。おじいちゃんのおかげでこうして今も生きていられる、ありがとう」


水緑を拒絶して2日。彼は今日も来なかった。
身勝手なのは承知だが会いたい。しかし自分がした事を思うと言えずにいた。

「水緑に会いたいか」

「っ!」

部屋に入ってきた皓に心を見透かされビクつく。

「…おじいちゃんは何でもお見通しなんだね」

「折角心を通わせ始めたのに残念じゃよ」

その言葉が胸に突き刺さる。
もう駄目なのかな。

「私、あの時は自分でもどうしたらいいか分からなくなってて…本心じゃないの。本当は側にいてくれてとても嬉しかった。それなのに酷いことを」

頬を伝う涙は次第に増えていく。

「おじいちゃん以外の他人を知らずに生きてきたから 優しい人だと分かっていてもどこか、警戒していたのかもしれない。 相手に対して 失礼すぎて 私 どうしたら… うぅ…」

泣きじゃくる桃花に寄り添い肩を抱いてやる。

「だそうだ、水緑」

「えっ」

建物の影から姿を表したのは水緑だった。

「水緑様…!!」

「この子は本当に世間や対人関係、色んな事を知らない赤ん坊の様な子じゃ。悪気なんて持ち合わせておらんのじゃよ。許してやれるか」

「そんなの当然じゃないですか。私は桃花が愛おしくて堪らないのですから。そもそも怒ってすらいません」

「!!」

「遅くなってごめんよ桃花。実は情けない事に寝込んでしまっていて…君はこんなに頑張っているのに私ときたら」

桃花は水緑に抱きついていった。

「ごめんなさい…」

胸に顔を埋め泣きじゃくる桃花を優しく受け止め抱きしめた。

「私こそ配慮が足りなかったんだよ。ごめんよ」


二人を見て微笑む皓。
今度こそ本当に、心を通わせられたと思う。



後日、皓の提案で夫婦になるよう勧められた。

「わっ 私がけっ結婚ですか!!??!」

「落ち着け。桃花には支えてくれる人が必要じゃ。この機会に夫婦になってくれたらわしも安心できるんじゃがのう?」

「しかしそんな事を桃花のご両親が許すかどうか…いや、そもそも桃花が私を受け入れてくれるのかすら確認してませんよね?!」

急に怖い顔をした皓は静かに言う。

「今回の件で桃花も覚悟を決めたと思う。あの家に居続けてもあの子の為にならん」

「…正直、私もあの父親には好感が持てません。出来れば引き取りたい」

「ならば一緒に参ろうぞ、胡家へな」


6へ続く


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最終更新日 2023年8月10日
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