陰陽互根 1「鬼男孩」

信じたくない現実がそこにはあって

手についた血痕をゆっくりと見つめ、そのまま顔を上げると
愛しい御方は あいつに寄り添っていた

全身の力が抜け手からするりと愛刀が落ちた。

あいつの名前を呼ぶな 聞きたくない
あいつに寄り添う姿なんて見たくない

やめろ もう、やめてくれ


「零!」

芳英(ファンイェン)が駆け寄り零(リン)を抱きしめる。

「大丈夫、大丈夫だから。落ち着きなさい、ね」

芳英は優しい。皆の母親の様な存在。
でも違う、俺がこうして欲しかった人は

目の前であいつに寄り添っている…深藍(シェンラン)様

「ぅ あ   あ゛あああああああ!!!!!」

雄叫びを上げると芳英を押し除け零はたまらず駆け出した。

嫌だ どうして
俺の気持ちは なんで

伝わっていなかったのか


認めたくない事実を突きつけられ、何かが崩れ落ちた。
一人旅を始めてからは何があっても挫けまいと心に誓い、自身でもしっかりやってきたと思っていた。俺は特殊だから気を付ける事が多く、生きるのに必死だった。
そんな中やっと心許せる相手が現れた。

確かに深藍は優しい。仕事が出来ると褒めて頭を撫でてくれた。

『零は良い子だね』

それが嬉しくてその為に薬学の勉強もし、護衛の為に鍛錬も怠らなかった。だが思い返せば俺は仕事としての付き添いの他に深藍の側に居る事があっただろうか。 仕事が終われば好きにしていいと解放され、代わりにあいつが一緒にいる。

どう足掻いても俺はあいつの代わりにはなれなかったんだ。

『零は美しい。体も目も宝玉の様だ』

そう言って頬に手を添えよく俺の瞳を眺めていた。気味悪がられる血の色をしたこの目が嫌いだったが、それを初めて褒めてくれたのが深藍だった。 だからこの人ならとそう思っていた…のに。

俺は深藍の集めている宝物の一つに過ぎなかった

「…ちがう 違う!俺は」

『ずっと飾っておけたら良いのに』

「俺は 人だ…!石と一緒にするな!!!」

こんな状況になってやっと分かった。
深藍は俺の特殊な外見が好きなだけだと。根本は見世物にしようと襲ってきた奴らと変わらなかった。 誰にも褒められた事が無かったこの容姿を称賛してくれる事に安心感を得ていただけだった。
つくづく自分は愚かだと思い知る。



どれくらい遠くまで来たのか。視力の悪さに加え暗くて街の様子がよく分からないが独特の匂いを感じる。 今まで訪れた事がない土地だ。夜も更け灯りも殆ど無く人も居ない。

疲労で意識が朦朧とし始めた。
目の前に深藍の姿が見える。

「深藍様…」

だがそれは次第に姿を変え赤く目を光らせた。

「幻か… はは 」

薄ら笑いを浮かべ側の塀に寄りかかる。とうとう自分も狂ったか。 頬を一粒の涙がこぼれ落ちていく。あいつを殺したんだ。俺を追ってくる訳がない。

その瞬間目の前の"何か"が襲いかかってきた。反射的に身を翻し避けると睨みつけるが相手からは生気が感じられない。 御守りとして幼い頃父にもらった八卦鏡を取り出しかざしてみると苦しみだした。察するに悪霊か。

「こんな時に… 俺に 構うな…!!」


そうして人気の無い街中をすり抜け、追ってこないのを確認しながら塀伝いに歩いていると裏口が開いている屋敷を見つける。 人の気配はしないが足を踏み入れると何故か安心感があった。緊張の糸が切れその場に崩れ落ちる。限界だった。
石床がひんやりとして気持ちがいい。

「もう… このまま」

身も心も疲れ果て零は意識を失った。




早朝。
道士の青年、憂炎(ユーエン)は朝の日課を行う為に霊廟に足を運ぶ。
裏口が開いているのに気付いた。

「あれ、締め忘れたか」

霊廟に入り線香に火を付けながら安置してある遺体に異常がないか確認を始める。大あくびをしながら歩いていると何かに躓き派手に転んだ。

「ってぇ…!!何だよこんなとこに…」

そこには真っ白な髪と肌をした少年が倒れていた。

「なんで霊が床で寝てんだよ!! つーか床で寝る霊初めて見たな」

そんな訳ないかと近寄り確認する。

「あれ…お前まさか」

忘れもしない、あのいけ好かない医者の付き人だ。

「おい、起きろ!なんでお前がこんなところで寝てるんだ!?」

息はあるが何度揺さぶっても頬を叩いても目を覚まさない。
ドクンと跳ね上がる心臓。

「とりあえず運ぶか。しっかりしろよ幽霊もどき」

抱きかかえると何かが床に落ちる。

「八卦鏡…」



ベッドに運ぶと服を脱がせ体を拭いてやる。暗闇の中を走り何度も転倒したせいで汚れ、顔や体には擦り傷や痣がたくさんあった。傷が生々しい。

「体も真っ白だ」

汚れた顔を拭こうと長い前髪をかき上げる。以前会った時は突然の攻撃で余裕がなかったが改めて見ると器量も良い。 護衛をしていただけの事はある、引き締まった体も細身ながら美しい。ついつい手を止めて見惚れてしまう。 擦り傷に軟膏を塗ってやると微かに零が反応した。

「…可愛いとか思ってないからな」

仕方がないので自分の服を着せて布団をかけてやる。熱もあるようで表情を歪めている為、水で濡らした布を額に当ててやる。 暫くして落ち着いた寝息に変わるのを見届けると憂炎は仕事の支度をする為その場を後にした。




「〜でこの日なんですが先生はどう思います?」

「んあ? あぁすまない。どの日だ?」

「先生どうしたんですか。しっかりしてくださいよ」

考え事をしていて客の話をよく聞いていなかった。
何故自分の霊廟に倒れていたのか。大きな外傷は無いのに手や着物に血が付いているのも気にかかる。 そもそもあいつは初めて会ったあの時、怒って何の躊躇いもなく攻撃してきた奴だ。
俺の事は嫌い…なんだろう。

「…もう今日は帰ります」

「えっ!?」

平謝りしながら客を見送ると憂炎は大きくため息をつく。

「気になって仕事が手に付かない」

零の元へ様子を見に行くと大人しく眠っているようだ。額の布を交換してやるとそのまま頭を撫でた。

「お前には聞きたい事がたくさんあるんだ。早く目を覚ませ」

それから丸一日、零は眠り続けた。


2へ続く


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最終更新日 2023年8月10日
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