陰陽互根 2「命運」

零(リン)が憂炎(ユーエン)の霊廟に倒れていた日から二日目。
この日、憂炎は埋葬場所を確認するため朝から依頼主達と墓地へ向かっていた。


その頃、零はようやく目を覚ました。

「ん…」

目をゆっくり開け見渡すと見たことのない景色が広がる。体が鉛のように重いがなんとか上半身を起こすと頭痛に眉を顰めた。 体は綺麗になっており服も着せ替えてある。ここまで面倒を見てくれる人が居た事に感謝する。 ベッドから降り家の中を徘徊するが誰も居ない。水瓶から水を飲むと一息ついた。

「礼をしなければ…家主が帰ってくるまでもう少し休ませてもらおう」



昼下がり。憂炎が帰ってきた。真っ先に零の寝ている部屋へ向かう。気付いた零は上半身を起こして頭を下げた。
が、顔を上げて硬直する。そこにはあの時の…

「あ… お前…まさか」

「お前とは何だ。勝手に俺ん家の霊廟に入り込んで気を失ってたくせに」

やはりか。
声を聞いて確信した。深藍(シェンラン)に突っかかってきた道士の男だ。

「…こんな事ってあるんだな」

「全くだ。何があったのか家賃と世話代の代わりに話してもらうぞ」



始めはなんでこんな奴に…と嫌々話し始めた。
だが関係のない第三者に話す事で徐々に心の靄が晴れていく。憂炎は真剣に話を聞いてくれている。

屋敷で働いている人々
自分の立場
そしてきっかけになった桃花の事…

「あいつ…屑だな。やっぱり俺が睨んだ通りだ」

「…」

「お前自分で話してて分かっただろ?誰を好きになろうが勝手だが、俺はあいつのした事は人として許せない。いい加減目を覚ませ」

逃げ出して一晩中走ったあの時、自分でも理解した。だが


「まだ あいつを好きなのか」

「分からない…でも 初めて俺を好きだと言ってくれた方 だから」

その一言にイラッとする。そんなにあいつは魅力的なのか?

「馬鹿かお前!好きだって言われたら誰にでも惚れて付いていくのか!?」

「俺のこと何も知らないくせに!!」


声を荒げる零。握りしめた拳は震えている。

「こんな見た目で 気味悪がられたり 面白がって見世物小屋の連中らに襲われたり 深藍様はそんな俺に臆せず美しいと言ってくれた。こんな事初めてだったから嬉しかったんだよ!悪いかよ!!」

「お前…」

大きく肩で息をし、なんとか落ち着こうと必死な零。その顔は今にも泣きそうで歪んでいた。沈黙が続いたが零は口を開く。

「でも…深藍様が好きなのは俺じゃなくて 俺の見た目だけだって気付いてしまった。もっと早く気付いていればこんな思いしなくて済んだのに」

「ガキのくせに…一丁前に」

憂炎は俯き涙を流している零の頭を鷲掴みにし顔を上げさせると顔を覗き込んで睨んだ。突然の事に零は驚き硬直する。

「だったら俺が、見た目だけではなくお前そのものを好きだと"初めて"言ってやる。だからあいつの事なんて忘れろ」

「え…っ」

零をそのままベッドに押し倒し寝かせると、憂炎は立ち上がって背を向ける。

「腹減ったから飯作ってくる。それまで寝てろ」

部屋から出ていく憂炎の背中を見ながら呆気にとられている零。

あいつが俺の事を好き?あいつは俺の事嫌いな筈だ。だってあの時攻撃を仕掛けたのは俺で…
駄目だ。衝撃的過ぎて頭が考える事を拒否する。胸の高鳴りが止まず思わずギュッと服を握りしめる。
治まれ 治まれ
好きと言われただけで自惚れていた自分は愚かだと気付いたばかりじゃないか。今は気が滅入っているから相手があいつでも優しくされると嬉しく思うのだ。そう自分に言い聞かせる。

励まそうと言ってくれた大人の嘘だ。もう騙されない。



「ガキ相手に何でこんな躍起になってんだ」

粥を煮ながら大きくため息をつく憂炎。
勢いで好きだと言ってしまった。初めて会ったあの時から気になっていた。あの時の迷いのない真っ直ぐさに心を射抜かれた。 そんな奴があんなに弱って自分の元へ辿り着いたのは運命なのかと思ってしまうくらいに…
苦しんでいるあいつを何とかしてやりたいと思ったのは本当だ。しかし

「気持ちは伝えるべきじゃなかったな…勢いって怖い」

あいつも本気だとは思っていないだろう。そうだ、励ます為の冗談だと後で笑い話にしてしまえば…

「…んな事俺が納得出来ねーんだよ」



その後の食事の気不味さと言ったら…
黙っている訳にもいかず憂炎が声をかける。

「お前、これからどうするんだ」

「…世話になった事は本当に感謝している。でもこれ以上ここには居れない」

「あいつの屋敷に戻るのか」

「詫びを入れなきゃいけないだろ」

人を殺したとは言えず、黙り込む零。
戻ったところで怒り狂った深藍に殺されるか、警察に突き出されて最悪死刑か。

「何の詫びだよ。逃げ出した事か?そういやお前が飛び出してきた直接の原因聞いてないな。あの血痕は何だ」

「お前に言う必要ない」

「あれはお前の血じゃないし獣の血でもない。誰かを」

「関係ないだろ!」

「関係あるだろ!!お前さっきの俺の話聞いてなかったのかよ」


そう怒鳴られてドキリとする。
あれは冗談ではなかったのだと。そうだとしたら…これからの現実を受け入れる覚悟が鈍ってしまう。

「誰かを傷つけて来たのは想像出来てんだ。そんな状況で戻れないだろ。話したくないなら話さなくていい。 だがまだ長距離を移動出来る程回復してないんだから休んでろ。寝てた時はともかく今日からの宿代ならツケといてやるから気にするな」

「金は取るのか…」

「当然だ。つーか、お前がそんな弱ってたらこっちも調子狂うんだよ。あん時みたいに食って掛かって来るぐらい元気になってから文句言え」

「…」

「いいから飯食え。俺の飯は美味いって評判なんだ。有り難く食えよ」

零は何も言い返せず俯いた。
二日振りの食事。素朴だが懐かしい味に再び目を潤ませる零。それ見て憂炎は軽くため息を付き微笑んだ。



翌日。
憂炎は外出の支度をしていた。いつもと違う服を着ている。

「何処行くんだ…?」

「ああ、隣町まで用があってな。留守頼んだぞ。明日の昼頃には帰る」

「でも俺を見たら皆驚いて…」

「そんな奴だったら客として要らん。追い返せ。それと霊廟の様子見といてくれ。 今日の夜と明日の夜明けには忘れず線香炊いてくれよ。祭壇の側に置いてある。今キョンシーは居ないしただの遺体だから大丈夫だとは思う」

「分かった」

「家の物は好きに使っていい。これから悪霊が入り込まんように結界を張っていくから…お前も家の敷地内から出るな。こういう時は憑かれやすい」

「うん…」

憂炎は御札と木剣を持ってくると零に手渡した。

「俺は優秀な術士だからな。結界が破られる事はまず無いと思うが。頼むぞ」


出入り口まで見送ると、急に寂しさを覚える。不安が伝わったのか憂炎が頭をぽんと叩く。

「そういやお前の名前聞いてなかったな」

「…侯零(ホウ リン)。お前は」

「夏憂炎(シア ユーエン)だ。つかいい加減大人に向かってお前はやめろガキ」

「じゃあお前も俺をガキって呼ぶな」

「そんだけ言えりゃ大丈夫だな。じゃ行ってくる」

数歩進んだところで立ち止る憂炎。

「零か。確かにお前みたいなの他にはいないだろうな。両親はさぞ教養が高いんだろう」

(この人…鋭い。名前の由来を当てた)


手のぬくもりが頭に残っており、自身の手を置く。頭を撫でるなんて両親以外に居なかったからなんだか気恥ずかしい。


家の外で結界を張ると憂炎は手を握りしめた。

「さて、と。決着付けてきますか」


3へ続く


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最終更新日 2020年4月2日
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