陰陽互根 3「戦役」

憂炎は深藍の屋敷に向かっていた。
零は納得しないだろうが状況が状況だ。何よりこうなった事情や関わった人々も把握しておきたい。

「あいつはまだガキだからな。その時の感情に左右されて正確な判断が出来ない。歳の割にはしっかりしてる方だとは思うが…」

零が目覚めてから色々話をしたが、思ったより感情の起伏が激しい。情緒不安定なのも拍車をかけているのだろうが。


半日かかってようやく街に到着する。
目もよく見えないのに夜に灯りも無しにこの距離を走ってきたのかと感心する。

「長居は無用だ。さっさと済ませるぞ」



「何の用だ」

「道士の夏憂炎だ。ここの主である楊深藍に面会したい」

「それは出来ない。誰も入れるなとの命令を受けている」

「侯零の代理人だと伝えろ」

「侯零!?しばし待たれよ」



屋敷内に通されるとそこにはあの時と別人のようにやつれた深藍が居た。虚ろな視線をこちらに向けるとか細い声で座るように促してきた。

「零の代理人だと伺いましたが…貴方一度お会いしてますね」

「ああ、あんたと口論になった道士だよ」

「何故貴方が零の代理人を買って出たのか分かりませんが…彼は今どこに」

「それは教えられない。だがここで何があったのか、あいつは何をしたのかは話してもらう」

少し険しくなった表情。暫く黙っていたが話始めた。

「…うちの従者の一人を刺しましてね。そのまま行方を眩ませたんですよ」

「そういう事か。してその従者とやらは?」

「なんとか無事です。傷は思ったより浅かったので」

あの血痕はその従者の血か。殺してはいないと知って少し安心する。あいつは恐らく殺したと思っているからあんなに落ち込んで弱っているのだ。

「あいつは本来人を傷付けるような子では無いと俺は思っている。それなりの理由がある筈だ」

「それは…あの子が逆上して暴れたのでね。以前貴方にも切りかかったでしょう。あの子は負の感情を抑制できない」

「回答になってないな。逆上した理由を聞いているんだが」

その後も話の核心に触れずに濁す深藍に苛立ってきた。しかも零が一方的に悪いような物言いだ。

「ああもういい。話す気がないのなら俺が話そう。あんたが襲わせて取り返しのつかない怪我をした桃花と言う子の夫であり、 あんたの弟でもある水緑が剣を抜いたから、あんたを守ろうとして零は刃物を向けた。それを止めようとした従者が怪我をした…」

一気に顔を歪ませる深藍。ゆっくりとこちらを睨みつける。

「怪我をさせたのは零が悪い。だがあんた、零を突き飛ばしたそうじゃないか。暴言まで吐いてな。 俺に攻撃してきた事だってきっかけは俺があんたと口論になったからだ。全部あんたを想っての事だ」

「…そこまで知っていながら 何故問いかけを」

「あんたが正直に話して且つ零に少しでも詫びる姿勢があるかどうか試す為さ。俺の想像通り最悪な回答ありがとう」

深藍はギリギリと顔を一層歪ませると掴みかかってくる。

「ふざけるな!あいつは麗涵に傷を、もしかしたら死んでいたかもしれないんだ!貴様のような死体ばかり相手してる 人間に大切な人に死が降りかかる恐怖は分からんだろう!?」

もう限界だった。ここは穏便に済ませようとしたが深藍は想像の上をいく人間のようだ。襟元を掴み返すと憂炎は力いっぱい殴りつけた。
勢いよく吹き飛んだ深藍は受け身も取れず床に転がった。側に控えていた従者が顔面蒼白になり駆け寄っている。

「あいつ、こんな奴に惚れるなんてな…バカだよ本当に」

「深藍様!しっかりして下さい!!」

「う…」

「ちょっとどいてくれ。まだ話は終わってない」

従者を押し退け、再び深藍の襟元を掴むとぐいと持ち上げた。

「今日は零の話をしに来ている。最高にムカつくが俺への暴言は置いとこう。あんた零の気持ちに気付いていたんだろ」

「ああ…知っていたさ。白磁のような肌に血の色の瞳なんて珍しいからな。手放すのは実に惜しいと思い離れぬよう甘やかしたらこれだ!自惚れて余計な真似を…」

「純粋な少年の心を弄んで自惚れとはな。想像していたよりも遥かに腐ってる。呆れて物も言えん」

胸ぐらを掴んでいた手を離し突き放すと、咄嗟に印を組んだ。深藍に術をかけると彼は体が動かなくなり前屈みに倒れ地面に這いつくばった。地に押し潰されるような感覚に歯を食いしばる。

「ぐっ!? な…っ 何を」

「何を言っても無駄だから口はもう出さん。だが手を出さないとは言ってない」

更に印を組み直し、術を強化していく。

「がっ あ 貴様っ…!!」

「しばらくそうやって苦しんでろ。傷を付けないだけありがたく思うんだな」

側で真っ青になっている従者に声をかけた。

「零の部屋に案内してくれ。荷物を取ったら直ぐにここを去る」

「あ いや しかし…」

「構わん…!早くお引取り 願おう」

「では今を持って零の契約は終了だ。零は俺が引き取らせてもらう」



「こちらです…」

零が寝泊りしていた部屋はきちんと整理整頓され、荷物なんてほぼ無かった。 引き出しに財布を見つける。随分と入っていたが手当てを使いもせず貯めていたんだろう。 荷物をまとめ出口へと案内させる。

「では、くれぐれも宜しくと。俺の事を警察に通報するのは勝手だが、あいつの悪事が全部白日の元に晒される事もお忘れなきよう」

「それは…分かっています。それより深藍様はどうやったら元に…」

「そうだなぁ…大蒜丸ごと一つ口にねじ込めば治るよ」


屋敷を後にした憂炎は堪え切れず笑い出した。

「っははは いい気味だ。出来ればボコボコにしてやりたかったが。とりあえず美味い飯でも食って行くか」


食事をしながら考える。
零を解放出来た事は良いが本人は素直に受け入れるだろうか。今あった事をどこまで伝えるべきか…

「そうだ、あいつん家行くか。相談がてら泊まらせてもらおう。そうと決まれば長居は無用だ」



その頃、零はベッドに腰掛け灯もつけずに窓から月を見ていた。
思わず飛び出してきてしまったが冷静になれた事は良かったのだと思う。よくよく考えたら大人が自分のような子供を相手にする訳がないのだ。憂炎が自分をガキ呼ばわりするように…

出て行くと言っても当てはないし、一度深藍の屋敷へ行かなければ。

「次何処に行くかなんて考えなくてもいいんだよな…屋敷へ行ったら俺はもう」

「あいつ…今何してんのかな」



その頃憂炎はとある屋敷に着いていた。

「おーい、賢致。開けてくれ!」

「この声…憂炎か?」

名を呼ばれた男性が駆け寄り門を開けると憂炎が笑顔で土産を突き出した。

「どうした憂炎、こんな時間に突然」

「ちょっと隣町まで行っててな。訳あってこんな時間にウロウロしてんだよ。泊まらせてくれ」

「泊まるのは構わんが…"お客様"は居ないのか」

「今日は仕事じゃないからな。話したい事もあって」

どこか心から笑っていない憂炎に気付いた賢致は家に入るよう促した。

「今宵は静かだ。お客様も居ないなら一杯やろう」

雷賢致(レイ シャンツィー)は憂炎の義兄弟であり道士仲間だ。きっかけは賢致が憂炎の父に弟子入りした事。生まれつき強大な霊力の持ち主故に霊を呼び寄せてしまう為、 迷惑をかけると人里離れた場所に屋敷と霊廟を建て仕事をしている。 キョンシーを引き連れて旅をする時など休憩所として宿泊させてもらっていた。

「そんな状態のお前は珍しい。相当抱え込んでるな」

軽く見透かされ苦笑する。

「あー…それで吐き出したくなってさ。お前にしかこんな事言えないからな」


4へ続く


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最終更新日 2023年8月10日
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