陰陽互根 4「放行」
「はぁ?!楊家の当主に喧嘩売った?!!?」「今その帰りなんだ。あいつ相当な悪だぜ。少し懲らしめてやった。ああいう奴の鼻をへし折るのは実に気分が良い」
「そのきっかけは何なんだよ。お前なんも関わりないだろうあの家に?」
「それなんだよ…話したい事ってのは。実はそこで揉め事起こした従者の子を預かってんだよ。今留守番してもらってる。逃げてきて偶然俺の霊廟に倒れ込んでてな。看病してそのまま」
「それで?人助けは大事だが無事ならもう関わりない事だろ。何故お前が楊家に行く?」
「いやだからさ…なんつーか放って置けなくなって…だな」
最初は驚いていた賢致も徐々に顔が綻んでくる。これはその子に惚れたのだと。
「なるほどねぇ〜憂炎にもやっと意中の人が見つかったかー!で、で、その子いくつなんだよ?!」
「確か16って言ってたか」
「まだ子供じゃん」
「どんな子なんだよ?見た目とか性格とか…」
「見た目は真っ白で、目は赤くて、性格は苛烈でキレると襲い掛かってくる」
「悪霊じゃん」
「っぽいけど人間だよ人間!」
順を追って説明するよう求める賢致。酔っ払って適当な事を言っているのか見極めねば。
「すげー話長くなるが…聞くのか?」
「俺そういう話大好き」
にんまりと笑う賢致を見てこいつはそういう奴だったと思いつつ、自分から相談しに来たのだからと話始めた。
楊家当主からの仕打ちに、本心。
零と初めて会った時の事や今の様子…
「あいつ、俺の事嫌いだからな。初めて会った時から俺の印象は最悪な訳だし」
「脈無しか…それは辛い」
「…言うな」
「ちゃんと気持ち伝えたのか?」
「向こうは慰めに言ってくれたと思ってる」
「じゃあ分からんじゃないか!早く帰って安心させて、告白し直せよ!向こうも照れ隠しなのかもしれん」
でもお前も素直じゃないからなとこぼす賢致。杯に酒を注ぐと真面目な顔をした。
「とりあえず悔いのないようにな。俺は気持ちを伝えられないまま離れ離れになってしまったから…お前にはこうなって欲しくないんだ憂炎」
「…すまない」
「良いんだ。とりあえず今日は飲んで寝ろ!明日の昼まで帰るんだろ?寝床用意してきてやるからちょっと待ってろ」
席を外す賢致を見送ると杯に入った酒を飲み干した。
「あいつ…今頃何してんだろ。飯ちゃんと食ったかな。頼んできた線香炊いてくれてるだろうか」
「相変わらず独り言が多いんだよ憂炎は」
物陰でくすりと笑う賢致。
柔らかな陽射しが差込み鳥の囀りが聞こえる。薄らと目を開けると賢致がこちらを覗いている。
「おい、憂炎そろそろ起きろ。支度始めないと昼まで家に着かんぞ」
「う…もうこんな時間か」
「飯食ってけよ」
「ああ…すまんが、もう行く。あいつに教えてやらなきゃ」
見送りに門まで来ると賢致は拳を出して笑う。
「な、俺も会いたいから絶対フラれるなよ?」
「そんなんなるようにしかなんねーよ」
笑顔で拳を突き合わせ応えると憂炎は屋敷を後にした。
いつの間にか眠っていた零も起き上がり大きく伸びをした。陽の光が当たっていた左手の甲が爛れ少しヒリつく。そんな事も気付かない程眠っていたのか。
赤く爛れた手を水に浸けぼーっとする。何かを忘れている…
「……っ!?しまった!」
憂炎に線香をあげるように頼まれていた事を思い出し霊廟へ駆ける。
急いで線香を供え軽く拝むと一息ついた。特に異常は無さそうだ。燃え尽きた蝋燭を交換し終えるとぐるりと周囲を確認する。
「っくしゅ! なんか寒いなここ」
寒さに襲われ霊廟を後にする。
よく考えなくてもここには死体があるのだから気味が悪いし、寒気もする。
あいつはこんなところで一人で暮らしているのかと少し感心する。聖職者とはいえ、人がやりたがらない仕事だ。 憂炎は態度は悪いが霊廟の管理はしっかりしているし、決して愚痴を溢さない。死者をきちんと敬っている。
「あいつ昼頃迄には戻るって言ってたな」
零は粥を作り出した。世話になっているのだから飯の支度ぐらいせねば。食材を見繕うと色々考える。
…こんな生活実家にいた頃以来か。よく母を手伝ったものだ。今頃どうしているだろうか。
竈門に薪をくべながら
「一度…帰りたかったな」
もうそれも叶わぬ夢と諦め、ため息をつく。ここでこうしていられるのももうすぐ終わりだ。
「帰れるぞ」
「!?」
後ろを振り向くと憂炎が立っていた。
「その… ただいま」
その一言が何故か凄く嬉しくて。零は初めて憂炎に笑顔を見せた。
「…お帰り」
「昼までに帰るって言ってたから…」
「助かる、朝から何も食べてないんだ」
席に着いて食べ始めるが、零は何だか落ち着かない。折角今日は喧嘩する事なく平和で居るのに… 出て行くって言わなきゃいけない。
「帰るって、どこに帰る気なんだ」
「無理だからいいんだ。それより屋敷に行かなきゃ…」
「あー…その事なんだが」
テーブルの上にまとめた荷物をそっと置くと零の表情が豹変した。
「これって…俺の な 何で まさか」
「黙って行ってすまんかった。だがもうお前はあの屋敷に行かなくていい。契約終了だ」
「だって俺…」
「麗涵って奴、軽傷だってよ」
「!!」
「剣を振るう者として手応え加減も分からんようじゃまだまだだな?」
それを聞いて張り詰めていた糸が切れたのか。椅子から落ち床に倒れた。驚いた憂炎が駆けつけ抱き起こす。
「お前…」
よっぽど無理をしていたんだろう。意外にも大人しく憂炎に寄りかかっている。
「茶化して悪かった。屋敷には居なかったようだが傷は浅いとあいつが言っていた。怪我をさせてしまったのは悪い事だが…お前は自分を責める必要はない」
零はこくりと小さく頷いた。震える小さな手で憂炎の服を握りしめる。
「それとな、深藍の事なんだが。聞く覚悟は出来てるか?」
「…うん」
「お前の予想通りだ。諦めろ」
それから暫く零は憂炎の腕に抱かれたまま涙を流した。
泣いて泣いて、ようやく落ち着いた頃。憂炎が一言つぶやいた。
「お前さ、この前の俺の告白、慰めで言ったと思ってんだろ」
「…」
「俺は本気なんだが、今この状態のお前に言うのは卑怯って言うか。弱い所につけ込んでるみたいで俺が納得いかない。だから…その、落ち着いたら返事くれ。それまではここにいろ」
「ぁ…」
「嫌われてるの知ってんだけどさ…こんな状態のまま野放しに出来ないからな」
「なんで俺を…てっきり俺は嫌われてると思って」
「俺はお前の事嫌ってなんかいない。お前の方が俺の事嫌いなんだろ?諦めきれないから…こうやって話してんだが」
ここでようやく合点がいく。
互いに勝手に嫌われていると思っていた事を。
「…とりあえず飯食おう。折角俺の為に作ってくれたのに冷めちまったぞ」
零はとてもじゃないが食事する気分になれず椅子に掛け直した。色んな感情が混じり合って混乱している。
「部屋で休んでるか?」
「…ここにいる」
「無理すんなよ」
「あんたがやっと帰ってきたから いる」
(なんだよ急にしおらしくなって…可愛い事言いやがって)
目の前で美味しそうに食事を摂る憂炎を見ていると今さっき腕に抱かれていた事が蘇り俯いてしまった。無意識でやっていたのだとしたらタチが悪い。
もう勘違いはしないと何度自分に言い聞かせても細やかな事が嬉しくて甘えそうになってしまう。
身震いしながら自分を抱きしめる。身体が熱い。
嫌だ、本当に俺は…こいつの事…
「んぅ…」
ご飯に夢中になっていた憂炎は零の異常にやっと気付く。顔を赤らめ微かに震えている。
「どうした…?お前変だぞ」
頬を触られてビクリと反応する。
「……お前熱あるな?風邪でもひいたのか?昨夜きちんと布団掛けて寝たのか?」
「や…」
憂炎に触れられている事に意識がいき過ぎてしまい変な声を上げると身を竦めた。
(なん だ その反応…! 可愛すぎる)
結局憂炎に抱えられベッドに運ばれる。
「さっきの事もあるし、少し寝てろ」
どうやら本当に風邪をひいたようだ。寒気もしてきた。まだ本調子ではないらしい。こんなに弱る事などここ数年無かったのに。やはり誰かが側にいる安心感から甘えが出ているのだろうか。
憂炎は確かに良い人だ。損得抜きで他人の俺の心配をしてくれる。寝泊まりする場所も食事も与えてくれる。
勝手な思い込みで一人で燃え上がって馬鹿みたいだった。それに気付けたからこそ、また同じ結果になってしまうのではないかと危惧してしまう。もうあんな想いをするのは嫌だ。
しばらく側で零を見ていたが霊廟の様子を見ようと立ち上がる。それに気付いた零は譫言のように名を呼んだ。
「ゆー えん…」
ドキリとする憂炎。初めて名を呼ばれた。
「もう やだ だまされたく ない」
「零、あのな俺は…」
「だから 勘違いするようなこと しないで」
5へ続く
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最終更新日 2020年5月18日
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