陰陽互根 5「告白」

優しい大人の嘘に振り回されたくない。
そんな零の気持ちが今の一言に詰まっている。こんな状態じゃ何を言っても信じてはくれないだろう。
こんな傷を負わせたあいつが憎い。

「そうか…悪かった」

憂炎は部屋を後にした。



「騙すなんて俺はただ…お前が心配で」

このままじゃ零が離れていってしまう。なんだかんだ居るように引き止めているのは俺で、零は最初からここに長居する気はないのだ。
想いを伝えたら相思相愛ですぐに結ばれるなんてそんな恋物語のようにならない。

「好きとか、あいつ男だぞ」

側にいて欲しいだけなら好きだなんて言う必要無かった。そんな事を言ったから拗れてしまったのか。

「諦めるしか ねーのかな」



零を残し街へ出てきた憂炎。
薬屋に立ち寄る。

「これは道士様。どうされました?」

「風邪薬を」

「見た所お元気そうですが」

「ああ、うちに居るのが風邪ひいたみたいで」

薬師は驚きの表情を見せる。

「いつ嫁さんを?黙ってるなんて水くさい」

「嫁じゃないって。死体と暮らしてるのに嫁が来るか」

「それもそうですな」

ガハハと笑う薬師。いつものお約束なのだが今日ばかりは本気で笑えなかった。



食材も買い、帰宅すると零は一眠りして起きていた。

「寝てなくていいのか?」

こくりと頷く零。

「風邪薬買ってきたから飲め。今白湯持ってくる」

風邪薬を渡すと零は開封し、触ったり匂いを嗅いだりしている。

「…ちゃんとした風邪薬だ」

「馬鹿、ずっと世話になってる高級店だぞ。起きていられるなら粥でも食え。少し物入れろ」

「粥、少し薄めて欲しい」

「分かった、待ってろ」

何とか普通に振る舞う。今は零の回復に努めなければ。



「あの…さ」

重湯を啜りながら零が話を切り出した。

「さっきは…ごめん なさい。親切にしてくれてるのに ひどい事言ったかも」

「いや、気にしなくていい。警戒してしまう気持ちは分かる」



「…俺、目がよく見えてないの気付いてるだろ」

「それがどうした」

「字とか書けないし細かな作業は出来ないから…その迷惑かなって」

それはつまりここに残って一緒に生活するって事なのか。高まる期待を抑えつけ冷静に振る舞う。

「あれだけ出来たら充分だろ?目が悪いとは思えないくらい正確だと思う。これかけてみたらどうだ」

憂炎は自分の眼鏡をかけてやる。

「よく分かんない」

「じゃあ、風邪治ったら眼鏡作りにいくか」

「…うん」


沈黙が続く。
薬を飲んだ零は横になって背を向けた。

「もう少しここに居てやるから。その、よろしく お願いします」

「…!!」

生意気でませたガキだけど、そんなところも含めてこいつが愛おしくて仕方ないんだ。

「ありがとう、零」


そんな優しい声でささやくな。いつもみたいに喧嘩腰で来いよ。
照れ隠しについ口が悪くなる。

「家賃は払わないからな」

「ああ、その代わりに働いてもらうぞ」

そう言って憂炎は八卦鏡を零の側に置いた。

「あ…!無くしたと思ってた」

「随分古い物だ。除霊作用が弱まっていたからおまえが休んでる間に俺が預かって霊力を込めておいた。一言言わなくて悪かったな」

「いや…いいけど。それ家を出る時に父がくれたんだ」

「零、お前霊が見えてるよな。襲われたりした事も何度かあるはずだ。あいつら見える者に対して容赦ないからな」

「…なんで分かった」

「普通は八卦鏡なんて持ち歩かないからな。父親が旅の安全に持たせたってのも納得できる。どうだ、何か感じるか?」

八卦鏡に触れてみると不思議な感覚がする。

「何て言ったら良いか分かんないけど…分かる気がする」


「なぁ、俺の弟子としてここで道士になる修行してみないか?道教に興味がないなら術者として対処出来るようになるだけでもいい。どうだ?」

「俺が道士…そんな力俺にあるか分かんないし。でも世話になるんだからあんたの言う事は聞く」

「いや、そうじゃないんだ。世話になるとかそういうの抜きにして考えてくれ。興味が無いならいい。俺はお前が居てくれたらそれで…」

そこまで言いかけてハッとする。
熱くなってつい本音が出た。

「あ…いや 居て欲しいってのはその、弟子として欲しいって意味で…だから それも本当だが お前が居てくれないとつまらんから…」

「ふふっ」

思わず吹き出した零。
この人は本当に面倒くさい人だと改めて思う。

「歳下に素直にもの言えない病気なの?まず子供だって見下してるのが悪い。俺の師傅になるんだったらもっとしっかりした人じゃないと嫌だね」

「零お前…!今師傅って」

「そう呼ばれたいならもう少し俺への態度改めろよな」

「くそっ…生意気な…!」

「俺少し寝るから騒がないでくれる?」

「ぐ…すまん」

少しの沈黙の後、零はぽつりと語った。

「眼鏡買いに行こうってあの人も言ってくれたんだ」

その事を聞いてビクリと反応する憂炎。
もうあいつの事には触れたくないのだが、そう簡単に忘れる事は出来ないだろう。

「でも…その場限りのウソだった。忘れ去られて結局行く事は無かった」


「楽しみにしてるからウソ付かないでね」

おやすみ と布団を頭まで被り一言も発しなくなった。


零は俺が思っているより辛い思いをしているのかも知れない。
好きな人に慕ってもらい共に生活を送る事は普通だったら幸せな事。だが、些細な事でそれが偽りである事に零は気付いて嫉妬に駆られていたのだと思う。
親元を離れて寂しくない訳がない。そんな所に優しい大人が現れたら警戒が薄くなるのも分かる。

寝静まったのを確認すると部屋を出、自室に自分の食事を運ぶと机で食べ始めた。

「やっべ…仕事疎かになってた。少し気を引き締めないと」

食事を中途半端にし今後の予定を確認しながら仕事の準備を始める。


そうして仕事を終えると座椅子に腰掛け酒を嗜みながら今日の事を思い返してはニヤニヤしていたが、嬉しさのあまり居ても立ってもいられなくなり再び街へ出かけていった。

息を切らし寝具屋に駆け込む。

「こんな時間にどうしたんですか?」

「悪い。すまんが…」

その後も閉まった店に頭を下げて回る憂炎。

「ホント、俺もバカだよな…」




翌日、目が覚めると枕元に見慣れない服が置いてある。
触ってみると上質な素材なのが分かる。

「まさか…俺に?」

下着まで置いてあったのは少々恥ずかしかったが浴室へ持っていき、体を洗い着替えてみた。着心地がいい。 あの屋敷での着物はもう着れないし、自分が最初に着ていたのはボロだったから久しぶりの新品に気分も高揚する。

「お、似合うじゃんその色」

憂炎がニヤニヤしながらこっちに来た。

「これいくらした?払うから」

「いやいや、お子様に買える値段じゃないので」

小馬鹿にしながらも本心では素直に着てくれた事が嬉しくてご機嫌だ。

「俺の服じゃデカすぎるし、いいじゃないか。とりあえずもう一組あるから、ここは受け取っておけ」

「でも、高いなら尚更…悪いし」

「ガキが見栄を張るな」


突然正門から物音がする。

「道士様!これどこに運びますか」

「ああ、こっちこっち」

急にベッドを持った業者数名が家に入ってくる。後ろの人は家具を持っている。

「えっ何?」

「お前ここに居てくれるって言っただろ?だから昨日買ってきたんだよ」

「はぁ!?そんなの要らないって…」

「いやお前寝てんの俺のベッドなんだけど」

「あ…」

ここに来てから憂炎はずっと座椅子で寝ていたらしい。言われてみれば独り暮らしなのだからベッドも一つしかない訳で。それに今頃気付いた零は顔を真っ赤にした。

(うわ…!なんか…恥ず)


「もう体中いてーわ。今日からお前の部屋あっちな。最低限の家具は買ったから好きに使え。もう一度言うが遠慮はすんな、生意気な事も言うな。以上」

「でも!」

「なんだ?まさか今更出ていくとか言わないだろうな?」

「いや…その  ありがと」

憂炎はにっこり微笑むと零の頭にポンと手を乗せ撫でた。
やめろよ、それされるとあたたかい気持ちになって…こいつの事が好きなのかもと勘違いしてしまうじゃないか。

「そうそう、ガキは素直に大人の言うこと聞くもんだぞ」

「やっぱりお前ムカつく!」

憂炎の脛を思いっきり蹴ると零はようやく笑顔になった。

「いっ… このクソガキ〜!!」



そうして余っていた部屋の一つが零の部屋になった。

「お前元気過ぎて忘れてたがまだ風邪引いてんだから今日も休んでろ。折角新しいベッドも布団も、天蓋もサービスしてやったんだから」

「うん」

「風邪治ったら眼鏡と服と、欲しい物があれば買うから、一緒に出かけような」

「え…っ」

急に素直になる憂炎に零は驚いた。
しかし服も家具も立派で不安になる。見ず知らずの自分の為にここまで…

「でもそんなにお金使わなくても…」

「俺が稼いだ金だ。どう使おうが俺の勝手だろ?ご心配なく、これでも俺優秀で報酬もたくさん戴いてますので」

「そういうとこ嫌味」

「優秀なのは事実だからな。そんな俺の側で術を学べるんだから有り難く思えよ。まぁこれはお前の身を守るためでもあるんだから、修行は真面目にやってくれないと困るが」


「なんでこんなに俺に親切にするんだよ。あんたにとって面倒や出費が増えるだけだろ。本当に感謝してるし嬉しいけど素直に受け取れるような額面じゃ…」

ふうとため息を付くと憂炎は零の前に来てしゃがみ、肩を掴み真剣な目で見つめた。それに気恥ずかしくて耐えられず俯いてしまう。

「俺の顔見ろ、零」

「…」

憂炎は声のトーンとは裏腹に穏やかな表情をしていた。
こうやって顔をギリギリまで近づけながら見つめられるのはあの時以来だ。
あたたかくて大きな手が頬に触れる。

「…あいつはお前の事を宝物の一つとして美しい、好きだと言ったんだろ」

「…」

「俺は違う。お前という人が好きだ。男に好きとか何言ってんだって自分でも思ったけどさ。でももうどうしようもないだろ。零の事が愛おしいんだから。それが理由」

きちんとした告白に胸がはち切れそうだ。
いつも子供扱いしてバカにして…なのに突然大真面目に好きだなんて卑怯じゃないか。

「早くあいつの事忘れて欲しい。嫉妬で気が狂いそうだ。俺の事が気持ち悪いか?」

零は首を横に振った。

「そんな事無い…けど、俺はあんたの事どう思ってるのかまだ分からない」

「いい。いいんだ。返事はくれなくてもいい。一緒に居てもらえるならそれで」

「憂炎…

「憂炎ー!!我慢出来なくて来ちゃった〜!」

突然の謎の男性登場に零は驚き固まった。


6へ続く


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最終更新日 2023年8月10日
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