陰陽互根 6「嫉妬」
「あれ……俺めっちゃ間の悪い時に来た感じ?」「かなりな…!」
憂炎に首をギリギリと締め上げられどんどん顔が赤くなる。
「し しぬ」
「お前ー!!俺の一世一代の告白の余韻を台無しにしやがってー!!!」
何がなんだか分からないが零は居たたまれなくなりその場を後にした。新しいベッドに潜り込む。
「あ あれ?零!どこ行った!?」
地面に転がされた男は激しく噎せ返っている。義兄弟の賢致だ。
「しぬかとおもた…」
「なんでこんな早く来るんだよ!?つか来る前に知らせろよ!!」
「だって…お前が夢中になる程の子 見たいじゃん」
「アレじゃ会ってくれないな、もう」
「ウソぉ〜!!」
とりあえず客間に通す。賢致は身支度を解くと沸かしてあるお茶を飲みだした。
「一瞬しか見えなかったけど本当に真っ白でびっくりしたよ」
「あいつ容姿の事すげー気にしてるから気をつけろよ。殺されるぞ」
「ひぃ…!あ、土産。あとこれ良いもんが手に入ったから、干したら煎じて飲ましてあげなって」
「霊芝か。かなりの上物だな」
「あのー…顔を拝見したいんだけど」
「…待ってろ」
「零、あれは本当にすまなかった。彼は俺の義兄弟で兄弟弟子の雷賢致。お前にどうしても会いたいって訪ねてきたらしいんだ。 お前に土産ももらったから少しだけ顔だしてくれないか?」
「…今は無理」
「だよな…。じゃあ後で」
「ほら見ろ、怒らせた」
「悪気はなかったんだよ〜!」
「あいつ風邪引いて体調悪いんだ。少し寝かせてやってくれ。歳の割にしっかりしてるから挨拶ぐらいするさ」
「分かった。んで、この前泊めたから今夜はご馳走してくれるよな?」
「そうだな、久しぶりにあそこに飯食いに行くか。それまで仕事手伝ってくれよ」
「しゃーない、やるか」
楽しそうなやりとりが聞こえてくる。義兄弟だと言っていたから相当仲は良さそうだが…それが零には面白くなかった。
(せっかく告白してもらえたのに…なんだあいつ)
夕方、ようやく仕事が片付いた二人。
そっと零の部屋に入ってみる。
「零、寝てるか?」
「ん…」
いつの間にか眠っていた零は薄らと眼を開ける。優しい顔をした憂炎がこちらを見ている。
「具合どうだ?」
「…だいじょぶ」
「お祝いも兼ねてさ、美味い店に飯食べに行こうかと思って声かけたんだ。具合悪いなら土産にして持ってくるが、どうする?」
寝起きでぼんやりとしていたが、あいつの存在を忘れていた。
「…あいつと行けばいいじゃん」
「そうか?じゃあ留守番頼むか」
(っ…このバカ)
一気にふてくされた零はそのまま背を向けた。
すると部屋の入り口でそれを聞いていた賢致が怒った。
「バカかお前!!そんなんだからダメなんだよ!」
「なんだ急にバカとは」
「あのな、本当に具合が悪いなら仕方ないけど、そこはお前が食い下がって一緒に来てくれるよう頼み込むところだろーが!」
「えっ!?」
なんだあいつは。俺の気持ちを代弁してくれた…。
義兄弟の奴はこういう事に関してはまともな感性の持ち主のようだ。
滅茶苦茶説教されている憂炎が情けなくて面白い。
憂炎が慌ててベッドに舞い戻ってくる。
「零!いやあの スマン!支度出来るまで待ってるから一緒に行ってくれないか?!」
「…やだ」
「そこをなんとか!頼む!」
必死な憂炎に零は笑い出した。
本当にこの人は、俺の事になると…
「支度するからあっちで待ってて」
ゆっくり起き上がると憂炎を手で追い払う仕草をする。
それを見ていた賢致も堪らず笑い出した。入らせてもらうよとこちらへ歩み寄る。
「名乗ってなかったね。私は雷賢致(レイ シャンツィー)。初めまして。憂炎が惚れた子ってどんな子なのかどうしても会いたくて。 突然の訪問で気分を害させてしまっただろう、申し訳なかった」
「いや…別に…いいけど」
しっかりした挨拶に驚きこっちが萎縮する。
思ってたよりちゃんとした人だ。
ここで賢致がようやく気付いた。
「……待て、憂炎。小零って 男の子?」
「今更気付いたのか?キレられるぞ」
「いや俺はてっきり女の子かと」
遠くから見かけただけだから気が付かなかったと弁明する。
「や よく見たら男ですね…」
「ですよね」
「お前ら…いい加減にしろよ」
「零が怒った!!!」
その後、高級料理店で零の好物であるエビ料理をたらふく食べさせ、ご機嫌とりに必死な大人二人であった。
帰宅するとちょっとした飲み会が始まる。
「いや〜しかし改めて見ると本当に綺麗だ。気を悪くしないでくれ、素直に褒めてるんだ」
「…男に綺麗とか可愛いとか」
「君は容姿に自信がないといつも後ろ向きだと聞いたがそんな事はないよ。君は自分が思っているよりも美形だ。 確かに最初は驚いたけれど、美しいのは本当だ、あまり悲観しないで欲しいと思う」
「…いや あ」
あまりの褒めように零は思わず照れて俯いた。悪意のない純粋な言葉に少し嬉しくなる。
「ちょ ちょっと待て、おい賢致!何口説いてんだ!」
「口説いてんじゃない、思った事を述べたまでだ。憂炎、お前の事だから素直になれずに喧嘩ばかりしてるんだろう?」
「う…」
「格好はつけなくていい、少しは素直になれ。冗談抜きで嫌われるぞ」
憂炎の事をなんでもお見通しな賢致に、やはりどこか面白くないと思ってしまう。兄弟のように過ごし、 辛い修行を共に乗り越えてきた二人は硬い絆で結ばれていて…別に変な間柄ではないのだから何も不満に思う事はないのに。
自分はまだ、出会って数日…その差はどうやっても埋められない。
今日一日共に過ごしてみて、本当に真面目で良い人である事は分かった。でもそれとこれとは別だ。
「…俺、邪魔だから部屋に行く」
「待て零!邪魔な訳ないだろ」
「あんたら楽しそうだから…見てて つらい」
「あ…」
「…」
賢致は追いかけようとした憂炎の腕を掴み耳打ちすると背中を押す。
「この機会を逃すな」
部屋のベッドに腰掛けて窓から月を眺める。
こんな些細な事で嫉妬するなんて。でも嫉妬すると言う事は憂炎の事が好きなのだろうか。それともただ単に話し相手が取られたようで面白くないのか。
もし前者だとしたら、認めたくない。
こんな事で嫉妬ばかりしていたら前の生活となにも変わらないから…
「零、入るぞ」
「来るな」
「ごめんな、俺気付かなくて」
振り返った時には憂炎が零をそっと抱きしめていた。初めての事に驚いて硬直してしまう。
「どうしよう、俺、零が一瞬でも妬いてくれた事が嬉しくて」
「妬いてなんか…いないって」
「もう少しこのまま」
あの時はひたすら悲しくて泣いていたから気に留めていなかった。だけど今は違う。 憂炎の体温が伝わってくる。回された手も熱い。嫌でも意識してしまう。
「もう、こんな想いしながら過ごすの嫌…あいつはあんたの兄弟だし何もないの分かってるのに…なんで 俺あんたの事好きとか分かんないのに」
「バカだな…そんな事言ってる時点で好きになってるのに」
「嫌だ 認めたくない」
「頑固な奴」
様子を伺っていた賢致はわざと声を上げる。
「憂炎、俺酔っ払ったから寝るわ〜。ベッド借りるから」
「?!」
なんと言う事だ。
こんな精神状態で一緒に寝るなんて出来っこない!
「ここ使って。俺座椅子で寝る」
零は立ち上がろうとしたが、憂炎が阻止する。
「好き…じゃないなら別に一緒に寝れるだろ?ここまでして離れるとか無しだろ、零」
「う…」
挑発に乗ってベッドに並ぶが、零は端っこギリギリに逃げて背を向けている。それを見て憂炎が笑う。
「何もしねーって。何期待してんだよ」
「っバカ!期待なんてしてないし!俺はあんたの事好きだと認めてないし、あれの返事してないんだからただの弟子なんだよ!」
「そこまで言うなら、普通に寝ればいいだろ?」
「ぐ…」
「弟子って言ってくれたのが嬉しいから…俺は寝る…」
そう言うと憂炎は目を閉じた。しばらくすると寝息が聞こえてきた。
「…本当に寝た」
起き上がり、様子を見ていたがぐっすり眠っているようだ。仕事をしながら夜はまともに寝れていなかったから疲れが溜まっていたんだろう。
落ち着きを取り戻してくると若干申し訳なくなってきた。
「なんでここまでするんだよ…そんなに俺の事を」
「今度は…信じても良いの?」
静かになった事を確認すると賢致は酒を飲み直していた。
「寝てない。嘘つき」
背後から声をかけられ賢致は苦笑いをした。
「悪気はないんだから許してくれよ」
「…許す」
零は賢致の向かいに座ると憂炎が飲んでいた酒を飲んだ。
「まだ酒は早いんじゃないか?」
「味見しただけだ」
「君だけ来るって事は憂炎は潰れたか」
「…あいつ、俺が来てからちゃんと寝てなかったんだ。あのベッドも今日の朝に届いたばかりだから。俺のせいだ」
つまみを食べながら零は賢致を見つめている。
「私に何か話があるのかな?それとも憂炎に近づくなって警告?」
「…気を遣ってくれたんだろ」
はははと声を上げて笑うと賢致は笑顔を見せた。
「正直、最初は警戒してた。でも、あんたは違ったみたいだ。俺が意識し過ぎてた」
「いいんだよ。俺は憂炎に好きな人ができた事が何よりも嬉しい。幸せになって欲しい。だからその相手である君にも幸せになって欲しい。 あいつ、ああ見えて真面目だし堅物だしとてもじゃないが伴侶どころか弟子も無理だろうなって思ってたからさ」
「憂炎の事、もっと知りたい。ここに来てまだ一週間…俺は何にも知らない。だけどあいつは俺の事好きだって言う。正直どうしたらいいか分からない」
零は素直に今の気持ちを吐き出した。
好きだと言われるのは嬉しいがその気持ちに応える事が出来ないもどかしさに焦っている。 そして、深藍の事が今やトラウマとなり迷いが生じている。
「変な顔で見られたり影口を言われたりしてきたから優しくされると甘えが出るんだ。あいつに騙されてこんなになって… でも憂炎はそこにつけ込むのは自分が許せないから返事は今は要らないって言った。だからここに居る事にしたんだ」
賢致は真剣な顔をして話を聞いてくれている。
「どういうのが好きで、どこからが愛なのか俺には分かんない。あいつを困らせようとしてるんじゃない。本当に分からないし怖い。もうあんな思いしたくない から」
「分かった。じゃあ今は好きか嫌いかの話は置いておこう」
賢致は空になった憂炎の杯に酒を注ぐと乾杯しようと自身の杯を持って手を出した。
「さっき酒は早いって言ったじゃん」
「飲めるんなら付き合ってくれよ、な?」
7へ続く
トップページ >> オリジナル >> 陰陽互根 6
最終更新日 2023年8月10日
SLOPPY GRAPHICA RIKU SAKUMA/REQ code:Anode
SLOPPY GRAPHICA RIKU SAKUMA/REQ code:Anode