陰陽互根 7「過去」
「憂炎はさ、君の事が放って置けないんだ。その理由は一目惚れの他にあって…あいつ、幼い頃君にそっくりだったんだよ」「嘘だ…」
「本当だって。大人しくて口数少なく、最低限の会話しかしない奴だった。そのくせにイキっててさぁ、同い年とは思えないくらい偉そうで自信に溢れてんのさ。 だからさ、君を見てると心配で放って置けないって言ってたよ。半分親心みたいなのも混じってるのかもな」
「なんであんなになったんだよ…」
「それが大人になるって事だよ。理不尽な事も我慢しなくちゃだし、嫌な事だってする。愛想も振りまかないとなー。それは君も今から分かっていくと思うよ」
あいつはそれでも偉そうにしてるけどな と賢致は笑う。
「憂炎がさ、自分の事めちゃくちゃ優秀だって威張るのはなんでだと思う?」
「性格が歪んでるんだろ」
「あはは…手厳しいな。全然違うよ。あいつ周囲からの重圧で今にもやられそうなんだよ。失敗が許されないんだ。もちろん失敗は死に直結するってのもあるが… 家の評価を落とす事なんてあってはならない。だから言い聞かせてるんだ、自分に。俺は優秀だ、出来る、失敗はしないって」
「そんなに厳しい環境で育ったなんて想像できない」
「だろ?あいつはあいつでとても苦労してんのさ」
ちょっと長くなるぞ と賢致は話し始めた。
夏家はこの辺では一番歴史のある道教の家であり、多くの優秀な道士を輩出している。檀家も多い。そんな家の息子なのだから優秀で当たり前。 運良く憂炎は歴代で一番の霊力の持ち主で幼い頃からその才能を発揮した。
「実際のところ、この辺で憂炎に敵う術者は居ないと断言していい。でもそれくらい才能があるって分かったらどうなるか想像つくだろ?」
「自由が…無い」
「そういう事。子供の頃からずっと、修行と勉強。家の人も自慢の息子になるように育てなきゃいけないしな。面子がある」
「凄いな、俺には縁遠い話だ。理解に苦む」
親の反対を押し切って家出をしてきた零にとって、家の掟を素直に聞き入れるというのが納得出来なかった。 憂炎の性格なら好き放題やってるもんだと思っていたが、あの態度や笑顔も作られた物だとしたら。
零は少々怖くなった。憂炎をそうさせてしまった家に。
「俺から言いたい事は一つ。あいつは君にとっては駄目な奴だとしても周囲の期待を一身に背負った優秀な道士なんだ。 その事は素直に認めて尊敬してあげて欲しい。君にそう思われたら、少しは憂炎の重荷も軽くなると思うから」
「分かった」
深藍の屋敷に居た頃もそうだ。彼らとは元々住む世界が違うのだ。自分のような人間が居て良い場所ではない。 それに自分には彼らのような才能も無い。好きでこうなった訳ではないにしろ欠陥ばかりだ。
目は満足に見えない。
それに付随して字も書けず、細かな作業も出来ない。陽の光に弱く、そのままでは直ぐに皮膚が爛れ外出ですら苦労する。 人とかけ離れた容姿故に馴染む事も難しい…
釣り合わないんだ
そんな事初めから分かってる。対等な立場に立とうとするのが間違いなんだ。相手にお願いされている側だから調子に乗っていた。
「…憂炎に 謝らなくちゃ」
意地張って偉そうにして、面倒を見てくれている人に対して失礼だ。最低限の礼儀すら怠っては人間終わりだ。
「待て待て、落ち着けって。謝る必要なんてないだろ?あいつが無理言って君をここに留まるようにしてるって聞いたぞ」
「それはそうだけど…俺、生意気だった。追い出されたくない…」
「ははっ、君は可愛いな。あんなに惚れてるんだ、そんな事しないよ」
悪いと思った事は素直に認められる子だと分かり安心した。相手が乗っかってきたから良かったものの、どう本音を聞こうか思案していた。 もし行くところがなくて憂炎の優しさにつけ込んでいるのだとしたら…と思ったが杞憂だった。
この子は本当に純粋で穢れを知らない。知らないから周囲を恐れるあまり分厚い壁を作っている。ただ、分厚いだけでその壁は脆く、簡単に崩せることも分かった。
「雷道士、またこうやって話聞いてくれる?話、茶化さないでくれたから…信用しても良いのかなって 思って」
「そりゃ嬉しいね。今度は私の屋敷に遊びに来なよ。歓迎するよ」
杯の酒をぐいと飲み干すと賢致は真面目な顔をした。
お互い知り合ったばかりだが酒を酌み交わした仲だ。何より兄弟が初めて好いた相手ではないか。信用してやらねば。
「忘れるな、どんな事があっても私は君と憂炎の味方だ」
ようやく微笑んだ零を見て賢致も安心したのか頷くと席を立った。
「君、憂炎と寝るの嫌なんだろ?憂炎のベッド寝なよ」
「いや…!お客様を座椅子に案内したら失礼だから…あいつと寝る」
部屋に戻ると憂炎は相変わらず熟睡しているように見えた。そっと布団に入り背を向けたが違和感に気付く。
(震えてる?)
寒くはないがどうしたのだろう。
憂炎の方を向いて顔に触れてみる。
「泣いてる」
手に僅かに付いた水滴。
嫌な夢でも見ているんだろうか。
「俺が居てやるって言っただろ、泣くな」
手をそっと握りしめてやると零も眠りについた。
翌朝。
体の自由がきかない。調子に乗って酒を飲んだからか体も怠い。
いや…これは
(俺を抱き枕代わりに…!)
ガッチリと捕まれ身動きが取れない。相手は寝ているのだから何も無いのに変に意識してしまう。
「おい…!憂炎、起きろ つーか離せ」
肘鉄を喰らわすと慌てて抜け出した。
「う゛ぅ…?」
憂炎を放置し霊廟に向かうと既に賢致が線香を焚いていた。
「お、早いね。憂炎はまだ寝てんのか」
「う…」
「どうした?顔真っ赤」
「なんでもない!」
「私らが居る時くらいゆっくり寝かせてやろう。小零(シャオリン)は身支度して待ってなよ。朝飯の支度するから」
「俺、粥炊いたりくらいは出来るし一緒に支度する。それに目は悪いけど変に心配されるのも嫌だ」
「じゃあ粥は任せたよ」
しばらくしてようやく憂炎が起きてきた。ふらふらとした足取りでお気に入りの座椅子に転がり込む。
「久しぶりにだらしない朝を迎えた」
「雷道士が全部やってくれた」
「うー 賢致すまんな」
「たまにはゆっくりしてろ。小零も手伝ってくれてるし」
「小付けんなって」
「つーか 寝起きに腹に一発くらったような気がするんだが」
「寝ぼけてんだろ」
賢致が土産に持ってきてくれたプーアル茶の香りが辺りに広がっている。
「お茶、煮出しといた」
茶碗に注ぎ手渡す。
零の手を引き寄せるとそのまま茶を飲み干す。
「っ…何して」
「茶がうめぇ」
憂炎の大きな手が重なり、熱が伝わってくる。こんな何でもない事ですぐに照れてしまうのは憂炎の事を意識し出している…のだろうか。
「もう一杯くれないか」
「自分で飲め」
昨夜、話を聞いてから冷たい態度は控えようと思うのだが憂炎を目の前にするとどうしてもトゲのある対応になってしまう。 どうしてこんなに些細な事にも意地を張ってしまうのだろうか。
「すまん」
珍しく大人しい憂炎。一言謝ると自分でポットに取りに行く。
チクリと痛む心。
「粥煮てる最中だから…休んでろよ」
台所に戻ると賢致がニコニコしている。
「何?」
「素直じゃないな君も。やっぱ憂炎とそっくりだよ」
「やめろよ」
「ほら、すぐそうやって睨む。好きな人と触れ合えるって幸せな事だと思うんだけどなぁ…思春期なのかね」
そんな事分かっている。素直に楽しく暮らせたらどんなに良い事か。受け入れたい自分と警戒している自分が居て常にせめぎ合っている。 そこにまた裏切られるのでは?という思いが足されてしまいどうしようもないのだ。
「恋愛ってさ、茶碗みたいなもんだと思うんだよね」
「はあ?」
側にあった茶碗を手に取り眺める賢致。
「乱暴に扱ったりして度が過ぎると壊れる。そして欠けた茶碗は二度と元の姿には戻らない。修復したとしても傷痕は残るんだ」
「そして、一度割れた箇所ってのは脆い。またそこから壊れる可能性が高い」
「で、自ら簡単に壊す事も出来る。このまま手を離したら落下して粉々だ。修復は困難だし、まぁ捨てるだろう」
「…」
賢致は黙って零を見つめている。
だが、しばらくすると鍋に視線を戻した。
「まだ日が浅いもの、判断しろっていうのが無理だよね。煽るような事を言ってしまったかな。焦っちゃダメだよ少年」
「ん…」
賢致は聡い。だから言う事も筋が通っていて納得出来る。気遣いもしてくれている。
彼には昨夜素直に話が出来たのに…
「もう少し…憂炎とも しっかり話してみたら、ちゃんと向き合えたら…こんなに意地張らなくなるかも しれない」
「そうだね、交流が足りないのかもしれないね。憂炎も大人気ないところあるけれど、おそらく初めての事だからどうしたらいいのか分かんないんだろうな…」
「…初めてって、今まで相手いた事ないの?」
「ないぞ?君が初恋だろうな〜 だから今あいつすんごく必死な訳。どうやったら小零に振り向いてもらえるか手探り中」
憂炎の初恋が俺…!?
8へ続く
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最終更新日 2020年5月31日
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