陰陽互根 8「約束」

その後、賢致は実家に用があるからと帰って行った。一仕事あるそうだ。

「思ってたよりしっかりした人だった」

「あいつまさに名は体を表すだからな。黒いところが無い」


ようやく訪れた平和な日常。
正式に居候する事になり、一応弟子になったんだろうか。といってもまだ何をする訳でもなく。 この家での自分のポジションがよく分からない零だが、とりあえず家事をやり始めた。

「洗濯するか…」

洗い物なら何となく感覚で分かる。細かな汚れは判別不能だが全部ゴシゴシ洗ってしまえばいい。自分のを洗い終え、憂炎の服を手に取ると漂う香の香りに少しばかり顔が緩む。 思わず顔を埋め嗅いでみる。

(なんの香だろ 良い香り…)

憂炎はお香が好きなのか部屋でよく焚いているようだ。自分がベッドを借りている時は気を使ってか部屋では焚かなかったが、作業場からいつもその香りがしていた。 その香りがすると最近安心出来ていた。


(えっ 何してんの?)

服の匂いを嗅ぎながらうっとりしている零を見てドキリとする憂炎。

「零先生、そのぉ服は自分で洗うか…

「わ゛ー!?!!?」

(叫び声は雄…)

「最低!」

「いや何でだよ」

この場合側から見て最低?なのは零の方ではと思いつつ、興味を示してくれた事が嬉しい。

「あんたがいつも焚いてるお香の香りがしたから!ちょっと気になっただけ」

そう取り繕って頬を染めた零に憂炎の心は跳ね上がる。なんでこんなに可愛い事をしてくれるんだろうか。

「あれか。零も気に入ったなら良かった。死体と暮らしてるんだ、どうしても死臭がすんだろ? それを誤魔化す為でもあるんだけどさ、ずっと愛用してんだ」

「そう なんだ」

「家事とか俺がするから良いんだぞ?お前はゆっくり休んでて…」

「もう体調は大丈夫だから。別にあんたの下着だって洗ってやるし…!」

「語尾に怒りがこもってるが…嫌なら無理すんなって」

「やる!!!」


そこでようやく気付く。自分が深藍の屋敷で着ていた服の存在を。見かけないが、憂炎が捨ててしまったのだろうか。

「憂炎」

「どうした?」

「…屋敷で着てた服って どうした」

「あぁ、取ってあるぞ。着るのか?」

「違う…ただ思い出しただけ」

「そうか。着ないんだったら燃やして浄化した方が良いと思うんだが、どうする?陰の気がこもった物はよくない」

「じゃあ燃やす」


庭の一角に持ってくると、憂炎はお札を取り出した。右手の指に挟んで持ち、構えるとお札に青白い火がつく。

そのまま服に向かって投げると一瞬で炎がそれらを包んでいく。零は目を見開きそれを見つめている。

「どうやったの?!火は?」

「ん?これは霊力を込めて点火させるんだ。それ由来の炎は青白くなる」

「術者になればそんな事出来るようになるの?」

「基本技だぞ。先ずは霊力を安定させて出力出来るようにしなきゃな。落ち着いたら修行始めるからな」

「あ…うん」

愛着のあった筈の服が目の前で燃えているのに、お札を発火させた憂炎への驚きが凄くただ呆然と見ていた。 変にしこりが残るよりは良かったのかもしれない。

「あ!これも」

突然靴を脱いで炎に投げ込む零。

「何してんだお前?!」

「これもあの人からもらったやつだから…要らない」

「いやいやいや…靴の代わりないだろ?どうすんだよ」

心の中では潔く全部捨ててくれた事に嬉しく思ったが、買いに行くにしても店までどうする気なのか。

「店までおぶっていってやろうか」

「断る」

「そのまま行く気じゃないだろうな?」

その瞬間憂炎に突進して体勢を崩すと足払いをしかける。完全に油断していた憂炎はなす術もなく転がされた。

「いってぇ…!!?!」

「借りてく」

靴を奪い取ると無理矢理履き、引きずりながら部屋にお金を取りに行く零。

「見た目に反してやる事が豪快過ぎんだろあいつ…思ってたよりやるな」

あの時手合わせをして筋は良いとは思っていたが。身軽さとその瞬発力が零の最大の武器なんだろう。

「こっちも真面目に修行したらもっと強くなるだろうな。おーい!零、案内してやるからちょっと待ってろ」

予備の靴を履き、支度している零の元へ行く。

「攻撃して奪い取るとかやり過ぎだろ。なんでそんな事すんだよ」

「ちょっと運動がてら仕掛けてみただけだ。あっさり転んだからつまらなかった」

「いきなりそんな事されると思う?お前の事信頼してるから油断してるんだろ?」

「む…でも師傅なら咄嗟の攻撃も避けられるかと思った」

「零お前さぁ…そういう時に師傅呼びはずるいって」

(ちょろい)

ニヤニヤしている憂炎をそのまま宥めると街に出かけた。まともに歩けず時間を要してしまったが。


初めて来る街だ。
店も沢山あるし、立派な建物も多い。

「ここは靈幻(リンファン)って言ってな、その名の通り昔から幽霊だの妖怪だのが出るんだよ」

「でも、ここ結構栄えてる」

「そこで出てくるのがウチな訳。夏家の初代道士様がここを訪れた時に悪霊や妖怪退治したのが始まり。 あまりの酷さにここに定住して人々を守ることにしたんだ。そのお陰で今はそこそこ大きな街になったって話」

改めて話を聞いてると賢致の言った通り夏家や憂炎が優秀なのは事実で、街を歩いているだけで色んな人から声をかけられる。 どれも好意的で尊敬されているのが分かる。

(早速俺の事弟子だって言いふらしてる…)

だが、この街で絶大な信頼を得ている憂炎が弟子だと言ってくれるお陰で自分の不信感も薄まっている事には感謝せねば。人とは単純で、言葉一つで対応が変わるものだ。
冷たい視線ばかり浴びていたのが嘘のようだ。皆珍しがった対応こそするものの悪く言う者はいない。

「着いたぞ」

「何屋?」

「眼鏡屋。約束しただろ?」


「いらっしゃいませ夏道士様。今日はどうされました」

「ああ、この子に眼鏡を作って欲しいんだ。俺の初弟子の…」

「侯零だ」

「です」

「これはこれは!ついにお弟子さんを取られましたか! 侯零殿よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

眼鏡屋の主人は零の容姿を見るなり駆け寄ってきた。

「瞳が真っ赤ですな!なんて言いましたか…動物で稀に真っ白な個体が生まれる事がありますが、それが人間に起こると侯零殿のようになると」

「!?この病気の事知ってるのか?」

「私は医者ではないので詳しくは分かりませんが、特殊なお生まれで苦労されたでしょう。眼の色が薄いか無いのです。 ですから血の色が透けて見えてるのだとか。そして、そういう方は視力が著しく悪い」

これをどうぞと眼鏡を渡された。
かけてみるが視界が歪み、なんとも言えない気分の悪さに襲われその場にしゃがみ込んでしまう。

「慣れるまで少し我慢して下さい」

「大丈夫か?」

「う… ちょっと待って」

視界に歪みは残っているが先程より若干輪郭が綺麗に見えてきた。

「ほんの少しだけ 整って見える」

「良かった、眼鏡での矯正が少しは可能なようですね。自分に合う度数にすれば不快感も治りますが慣れるまでに時間がかかります」

だが、矯正にも限界はあるようだ。正直そこまでの変化はない。それでも

「憂炎の顔、思っていたより美男子だ。ムカつく」

そう言って微笑んだ零の表情は澄んでいた。

「零…お前」

眼鏡を外し、店主に返した。

「ありがとうございます。完璧ではないけれどこんなにマシになるとは思っていなかった。ただ今のままでも然程困って…」

「主人!すぐに作る準備をしてくれ!少しでもマシになるなら 頼む」

話を遮り憂炎が興奮気味に店主に頭を下げた。

「夏道士様のように綺麗に見えるようにはならない事をご理解いただければ引き受けます」

零は断ろうとしたが憂炎は譲らなかった。
そのまま視力の検査やレンズの調整をし、デザインを注文すると2人は店を出た。

「無理しなくていいのに」

「少しでも良くなるなら…俺の顔が分かるのなら、俺は喜んで揃える」

「憂炎落ち着けって」

「落ち着いてられるか。あんな事急に言われて。めちゃくちゃ嬉しかった」

「あ…」

「さ、服とか雑貨見に行くぞ。飯食ったら帰りにお香も見ていこう」

「うん」



すっかり日が暮れ、憂炎の両腕には大量の荷物が。

「買い過ぎじゃないの」

「お前に着せたい服とか見てたら止められなくなってさ」

他にも日用品を多めに買い込んだ。零に不自由させたくない憂炎の優しさだ。

「約束 守ってくれてありがと」

「素直だな」

「眼鏡 嬉しかったから」

憂炎は微笑むと満足気に歩き出した。


9へ続く


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最終更新日 2023年8月10日
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