立ち別る日月 1



【登場人物】

長曾我部元親 通称アニキ。土佐を治める長曾我部家の当主となったばかりでまだその自覚がない。 普段は自由気ままな海賊暮らしをしているが、身内からはよくは思われておらず対立気味。情に厚く部下や民からは好かれている。


長曾我部信親 元親の親族であり、一番の理解者。副大将と参謀を務める。アニキに厳しく意見を言える貴重な人。 昔アニキが無茶をし大怪我を負った時に助けに入って命を守った事から非常に信頼されている。
※オリジナル設定。正史では元親の嫡男


毛利元就 毛利家当主。氷の面と揶揄される程に顔色一つ変えず冷酷な事をやり部下からは恐れられている。国と軍に関してはうるさく、些細なミスも認めない。 異常なまでに日輪を信仰している。


「何でこっちが出向いてやんねぇとならねーんだか…」

ぶつくさと文句を言いつつ着替えながら長曾我部元親は顔をしかめた。

「アニキ、入りますよ」


「まだ着替えてなかったんですか。そろそろ到着しますよ」

「信親か。手伝ってくれ」

部屋に入って来たのは長曾我部軍の参謀にして副大将の信親だった。ダラけている元親に母親の如く服を着せていく。

「しっかりして下さいよアニキ。今日は長曾我部家当主として出向くんですから」

「あっちが来いってんだよ…」

「まぁまぁ…気持ちは分かりますが、現在の状況では…」

この度正式に家督を継いだ元親。挨拶と瀬戸海や近隣国の事などの話をする事になり毛利家へ赴く事になったのだ。 毛利元就は初陣での活躍めざましく一気にその名が知れ渡った。だが突然の事で元就を周囲はよく分かっていなかった。 先代当主が幼くして早世し、跡継ぎの事で内部抗争があったらしいとの事だが。

「元就って奴はどんな奴なんだ?そんなに恐れる相手なのか?」

「話によれば知略に長け何事も思慮深い人であると。初陣で快勝し、あまりの見事な戦ぶりに警戒した周辺国は迂闊に安芸に手出し出来ぬ状態にあるそうです。 元就が当主となってからは安芸は更に厳しく統率され、軍の様子は良く分からないと」

「ふーん…」

毛利家と聞いて思うのはあの幼き頃に会った男児の事。楽しくもあり悲しい思い出でもある。何故か思い出すまいと必死になっていたのはいつの頃か。 今この時まであの子の事を忘れていた。

「あいつ…どうしてんだろうな…」

あの時すでに家臣達に良からぬ事をされていたのだと今なら分かる。彼は果たして無事なのか。それとも…

急に俯き黙りこくった元親を不審に思い、堪らず信親は尋ねた。

「あいつ…ってのは?昔毛利家と何か」

初めは聞こえぬふりをして信親に背を向けていたがボソリと語り出した。

「…俺がガキの頃、毛利家がウチに来た事があってな。何の用向きだったのかは分からねぇが、恐らくは今日みてーな事が目的だったんじゃねえかな。 そん時に同い年くらいの男児が一人付いてきてたのよ」

「そんな事が…。しかしそんな重要な会談に幼子を連れてくるとは…妙だな」

「今思えばな。確かに変だった。そいつはひどく怯えた様子で、俺は必死にそいつを励まそうとした。それがガキの俺に出来る精一杯だった」

「それでその子はどうなったんです?」

「何事もなく帰っていったさ。けど…せっかく仲良くなったのに離れ離れになっちまってな。正直寂しかった」

珍しく悄気げる元親を見てよっぽどだったのだろうと信親は思った。ここはこれ以上触れないでおこう。





毛利家の屋敷に到着し、客間に通される。
独特の雰囲気で居心地が悪い。なんとも重く冷たい空気が伸し掛かる。

(屋敷つーのは普通寛ぐ場所だろ…何だぁこの空気は)

元親と信親は思わず顔を見合わせる。
厳しく統率されていると言う噂話は本当なのは分かった。だがこんな状態であの男児はどうなったのであろうとそればかりが頭を過る。
まさかもう…

「お待たせいたしました。準備が整いました故、こちらへ」

家臣の一人が2人を呼びに来た。
通された部屋に入ると、そこには元就と思しき男性と家臣団が座していた。

元就の前に通されお辞儀をし、名乗ろうと顔を上げた時

「…っ!?」

まさか


(アニキ…!)

硬まった元親に慌てて小突く信親。

「何か?」

元親にまじまじと見つめられ元就が口を開く。

「あ… す いや 申し訳ない。この度長曾我部家当主となった、名は元親…」

「拙者は長曾我部軍副大将を務める長曾我部信親と申す。本日は会談の場を設けて頂き誠に感謝致します」

様子のおかしい元親を誤魔化そうと信親が必死に間を取り持つ。

「我は毛利家当主、毛利元就。此度はよう参られた。して、長曾我部元親殿。挨拶も満足に出来ぬようだが如何した?」

「何をっ…」

喧嘩っ早い元親を信親が制し平静を装う。

「申し訳ござらん。当主となってから斯様な場は初めて故、何卒」

「信親殿はしっかりしておるようだ。では話し合いを始めよう」



元親も元就も当主となって日が浅く、戦の話し合いではない為に互いの近況が主な話題だったが、元親は相変わらず反応に戸惑っている。 元就はひどく落ち着き払った人物のようで、話をしていても眉一つ動かさない。淡々と話し、冷たささえ感じる。

そんな2人が瀬戸海の件でぶつかった。

「瀬戸海は我が毛利家が統治しておる。そなたこの年まで家を空け尚も海賊行為に勤しんでいると聞くがそれは誠か」

「事実だ。俺らには俺らのやり方がある。四国全土を統一する為の足掛かりとしてもな。ただ遊んでる訳じゃねぇ。瀬戸海は俺らの庭だ。俺達が守る」

「ほう、瀬戸海は手前の庭だと申すか。聞き捨てならんな。我が毛利が守護しているからこそ目立った争いも無く済んでおるというに」

これには元親も黙ってられなかった。

「勝手に瀬戸海を自分のもんにしてもらっちゃ困るぜ毛利さんよ。この際賊呼ばわりされんのは黙っておく。だがな瀬戸海に関しちゃすんなりとそうですかとは言えねぇな」

「フン…部屋に引籠り書物を読み漁っていた姫若子が、元服して早々賊に成り下がるなど聞いて呆れるわ」

「テメェ…黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!」

「アニキ抑えてください!」

信親から釘を刺され話を止めた。今日は争う為に来たわけでは無い。挑発された事に違いはないがぐっと堪えた。 元就は相変わらず冷ややかな目でこちらを見ている。氷の面とはこの事か。

「元就殿は智将として名の知れた御方、俺らが本当にどうでも良い存在なら呼び寄せて牽制などしません。 アニキが当主となって勢い付いてきた我が軍が厄介な存在になってきたという事。違いますか元就殿」

「賊にも賢い奴はおるようだな。我は無駄な戦は行わぬ。四国を攻めようとも我が物にしようとも思っておらぬ。 だが…瀬戸海だけは他国においそれと渡す訳には行かぬのだ。今後瀬戸海での蛮行は我が許さぬ。そして一切瀬戸海の覇権に口を出さぬと申すなら我らも危害を加えぬ」

元就は更に続けた。

「長曾我部殿は何故瀬戸海を欲するのだ?ただ、己の縄張りとしてなどとくだらぬ理由であれば尚更そなたらに譲れない。 欲しい物は力尽くで手に入れる…気に入らぬ遣口よ。何かを手に入れるという事はそれを護って行かねばならぬという事…即ち責任が付き纏うという事。 手中に収めるまでを楽しみその後の統治を考えられぬ愚か者ばかり故斯様な世になるのだ」

元親には元親なりの理由がある。だがそれはここでは話したくはなかった。口から出かかったがそれを飲み込んだ。

「今のそなたを見ていると当主としての威厳どころか…一人前にもなっておらぬようだ。久しぶりだというのに至極残念だ、弥三郎」

(松寿…お前…!)

やはり松寿丸だったのだと確信の持てる一言に嬉しくもあり。だが、彼の口から出てくるのは元親を批難する言葉ばかり。返す言葉もなく元親は元就を見つめた。

「元就殿、そちらの考えは理解致した。我々も出来れば毛利軍との衝突は避けたいところ。互いの平穏の為にも今は瀬戸海を荒らすこと致しますまい。 だがこちらにも今後を見据えての考えがあります故、四国側に関しての口添えはお控え願いたい」

「そうだな。四国がどうなろうが我には関わりなきこと。好きにされるがよかろう」


家臣の一人が元就に耳打ちする。

「…宴の用意が整った故、話し合いはこれまでとしよう。客人はしかと饗さねばなるまい。今宵はゆるりと楽しまれると良い。では後ほど」

そう言うと元就は一人部屋を後にした。
元親、信親両名は一度先程の客間に戻るよう案内され一息ついた。

「アニキ…」

「すまなかったな信親。情けねぇぜ…返す言葉もなかった」

「先程話していた男児…元就殿だったんですね」

沈黙が続く。
思い出の中で生きていた幼い頃に出会った男児、松寿丸。無事だった事は素直に嬉しい。だが、毛利家の当主となっているとなると今後避けて通れない現実が待っている。

先程の会談で元就は

「我は天下に興味はない。我が目指すは安芸の安寧。戦をけしかけるなど無能がやる事よ。無論、この安芸を侵そうとする者がおれば徹底抗戦し必ず排除する」

と言っていた。よっぽどの自身があるのだろう。初陣での活躍も噂通りの快勝ぶりのようだ。 時は乱世、群雄割拠のこの時代に誰もが天下統一を目指し名乗りを上げている。元親も四国を統一した暁には天下取りに打って出る訳で。

「いずれ殺り合う時が来る…って事か」




部屋に足早に戻った元就は胸に手を当て大きく深い息をした。

「愚か者め…この日をどれだけ 待ち侘びていた事か…」


2へ続く


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最終更新日 2019年8月7日
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