物の始め 2
海が見える小高い丘までくる。潮騒が優しく響き、風が心地よい。
「松寿、俺の話聞いてくれる?」
「うん」
「俺、家に居たくないんだ。自由に生きたいんだ。でも好きにさせてくれない。大きくなったら戦に出なきゃいけないって稽古をするように叱られる毎日。 俺は海も船も機巧も好きだし、それを謳歌したい。今は姫若子って誂われても自分の為に知識を蓄えている最中なんだ」
「弥三郎…見かけによらず考えておるのだな」
「おい松寿! …だからさ、松寿の家の事とか俺には分かんないけどさ、松寿見てるとなんだか不安になって。松寿は大きくなったら何をしたいと思ってる?」
「我は… 分からぬ。どうすることが我にとって良いのか分からぬ…ただ」
「ただ?」
「あいつだけは…許さぬ」
「松寿…?」
黙り込んだまま顔を上げない松寿丸。
「何かあるなら話して?心配だよ」
「……」
それでも松寿丸は黙ったままだ。微かに震えている。やはりどこか様子がおかしい。こうして2人きりの時だって何かに警戒している素振りを見せるのだ。 弥三郎は松寿の肩を掴み自分の方に向き直させると両手をぎゅっと握りしめた。
「松寿!俺と松寿は友達。だからそんな不安そうな君を放って置けない」
友達なんて自分には絶対に出来ないだろうと、村の子供らが楽しそうに遊んでいるのを見ては悲しくなっていた。 弥三郎は真剣な目で訴えかける。そこに偽りは見られない。 だが元就は生い立ち故に養母以外の人間を信じる事が出来なくなっていた。
「弥三郎…本当に、本当に我の友達になってくれるの?信じてもいいの?」
「当たり前だ!俺が松寿を守ってやる!だから訳を話してごらんよ」
「もうあんなことしたくない…。いつか大きくなったら…殺してやる」
「…!」
急に豹変した松寿丸。
「あんな事?殴られたとか?誰かに言いつけ…」
松寿丸は無言で首を振る。
この時、井上元盛が松寿丸に性的虐待をしていたことなど弥三郎は知る由もなく。
「誰にも言えぬ…言いたくもない。母様に心配をかけたくない。我が…我慢致せば済む事。でも」
「帰りたくない…」
「松寿…」
「弥三郎様ー!」
家臣の一人が弥三郎を探しに来ていた。
「また屋敷を抜けだして!お父上に知れたら…その方はまさか?!」
「しーっ!!戻るから内緒にしてて」
その夜、
普段大人しい弥三郎がえらく強気で父に進言した。
「どうした弥三郎。話とは?」
「父上、今夜は松寿丸と一緒の部屋で2人きりで居たい」
「何故だ。そのような我儘を向こうが許さぬだろう」
「詳しくは言えません!でも、松寿をあの方の元へ返したくないのです!!…松寿が怯えている。あまりにも可哀想です」
「怯えている…とな。しかしそのような事…」
「父上!!俺が嘘をついていると言いたいのですか!!」
いつもの穏やかな彼は何処に行ったのか。こんな息子を初めて見た父は驚き掛け合ってくると応じてくれた。
その様子を父の背後から見ていた弥三郎。
(こいつが松寿丸を苦しめているのか…)
「長曾我部殿を信用していない訳ではないが、松寿丸様は現当主興本様の代理として来ているのでな。まだ幼いし何かあっては…」
「このような家に生まれると同い年の子と遊ぶ機会もなかなか無いですからな、ワシに免じてここは一つ。不安ならワシが一晩見張りを致すが」
「国親殿にそこまで言われてしまっては…」
その刹那、井上が弥三郎を睨みつけた。 弥三郎はよっぽど松寿の話をここでぶち撒けてやろうかと思ったが堪えた。そんな事をしたら松寿丸が何をされるか…
「…あやつ」
「父上?」
「お前の言わんとしておる事が分かったよ。去り際に舌打ちしよるなどある意味大した奴じゃ。弥三郎、松寿丸は今何処にいるのだ?」
「俺の部屋に居ます。夜が怖いと怯えて食事も満足に摂らずに」
「松寿丸殿、少々良いかな」
「!?」
長曾我部家当主であり弥三郎の父、国親が姿を見せた。突然の事に驚いたが松寿丸は向き直り頭を下げた。
「頭を上げられよ松寿丸殿。ワシと弥三郎しかおらぬから安心せい」
「我に何か…」
「いや、今宵はこのまま弥三郎と寝るといい。汚い部屋ですまぬがな。弥三郎がどうしてもと言って聞かぬのじゃ。ワシから井上殿には申しておいたから心配はせずとも良い」
「それは 誠ですか」
「嘘付く訳ないだろ?ほら、温かい粥を持ってきたから少しでも食べなよ」
「松寿丸殿、ワシは毛利家の事に関して一切口を挟む気はないしその権利もない。お主はしっかりした子じゃ、いずれ大物となるだろう。だからここで負けてはいかんぞ。そしていつの日か」
「あやつを打ち負かせ」
国親は先程の会談で薄々気付いていたのだ。当主が京に居るから代理で統治をしているとは言うものの不自然な点が多く、 その当主の弟である松寿丸への対応も濁してばかりではっきりしない。
父を亡くしたばかりの松寿丸にとってこの励ましがどんなに嬉しかった事だろう。父の姿が重なって見えた。
「言われなくても そのつもりよ」
生意気にそう告げると笑みながら一粒の涙を零す。その顔を見て国親は満足気に頷くと部屋を後にした。
「松寿、今日はちゃんと寝るんだぞ!」
「う…うん」
そうは言うがなかなか寝付けないでいる松寿。弥三郎は松寿の布団に潜り込んで体をくすぐり出した。
「やっ あっはははくすぐった…!弥三郎やめよ!」
「松寿が寝ないからだぞ!くらえ!」
ひとしきり笑わせて疲れたところをぎゅっと抱きしめた。流石にこれには驚いたのかびくりと松寿が反応したが、弥三郎は笑顔で松寿を見つめた。
「松寿、一晩中こうしててやるから。もし誰かが来ても俺が庇ってやる。だから安心して寝なよ」
「弥三郎…」
しばらくして弥三郎はすやすやと寝息を立てていたが、松寿丸はやはり寝れないでいた。だがそれは怯えてではなく、弥三郎の腕に抱かれ胸の高まりが静まらずにいたから。いつもと違う不思議な感覚に戸惑いつつ、久しぶりにはしゃいだ為か松寿も程なく眠りに落ちた。
翌日
帰国するために船に乗り込もうとする松寿丸を引き止め、精一杯抱きしめた。既に大粒の涙を溢しながら。
「松寿…本当は帰らないで居て欲しいよ。松寿が怒りでその手を血に染めないよう俺が強くなる。そして守るよ」
「弥三郎…約束、信じるから。ずっと待ってるから…我はそれを励みに努力する」
「約束だ!だから少しだけ待っててくれ」
「そうだ…俺、稽古始めたのあの頃だったなぁ。松寿を守ってやるって…」
押さえ込んでいた記憶がふつふつと沸き上がり、胸が苦しくなる。
「泣きながら見送ったっけ…」
成長していくに連れて分かった残酷な現実。その約束が実現不可能だという事を。そして松寿丸…毛利家はいずれ敵対する関係になり得る事…認めたくない事実。いつしかその想いを封印し、家も親族に任せ大海原へと漕ぎだした自分。
「現実逃避か…情けねぇな俺は」
終
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最終更新日 2019年8月22日
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